手形の裏書人が、金額一五〇〇万円の手形を金額一五〇万円の手形と誤信し同金額の手形債務を負担する意思のもとに裏書をした場合に、悪意の取得者に対して錯誤を理由に償還義務の履行を拒むことができるのは、右手形金のうち一五〇万円を超える部分についてだけであつて、その全部についてではない。
手形金額に錯誤のある裏書と悪意の取得者に対する償還義務の範囲
民法95条,手形法12条2項,手形法17条,手形法77条1項
判旨
手形の裏書人が金額を誤信して裏書した場合、手形債務負担の意思がないことを知って手形を取得した悪意の取得者に対しては、錯誤を理由とする人的抗弁を対抗できるが、その範囲は当初意図していた金額を超える部分に限定される。
問題の所在(論点)
手形金額を誤信して裏書した裏書人が、悪意の取得者に対し、錯誤を理由として手形金全額の支払を拒絶できるか。裏書の有効性と錯誤による抗弁の範囲が問題となる。
規範
手形の裏書は、裏書人が手形であることを認識して署名捺印した以上、有効に成立する。もっとも、錯誤等により具体的債務負担意思を欠く場合、その事情を知る悪意の取得者との関係では、裏書人は人的抗弁(民法95条準用)として履行を拒むことができる。金銭債務は可分であるため、真意の金額の範囲内であれば債務負担意思があるといえ、特段の事情がない限り、真意の金額を超える部分についてのみ抗弁を主張し得る(手形法12条2項は本解釈を妨げない)。
重要事実
被上告人は、D工機から150万円の売掛金支払として受け取った手形の金額が、誤って1500万円と表示されていたことに気づかず、150万円の手形であると誤信してEに裏書譲渡した。上告人は、この錯誤の事実を知りながらEから裏書を受けた。被上告人は、上告人に対し錯誤による裏書の無効を主張し、手形金全額の支払を拒絶した。
あてはめ
被上告人は、本件手形を150万円の手形と誤信して裏書しており、150万円を超える部分(1350万円)については債務負担意思がないが、150万円以下の部分については債務負担意思が存したと解される。金銭債務は可分であるから、錯誤は150万円を超える部分にのみ存し、150万円の部分については錯誤はないといえる。したがって、悪意の上告人に対しても、当初意図した150万円の範囲内では人的抗弁を対抗することはできず、履行を拒めない。
結論
被上告人は、悪意の取得者である上告人に対し、当初意図した150万円を超える部分についてのみ錯誤を理由に履行を拒絶できる。全額の支払を拒絶することはできない。
実務上の射程
手形行為における錯誤の効力を「人的抗弁」として構成した点に意義がある。答案上は、手形行為の独自性(表示された内容に従う)を原則としつつ、悪意者保護を否定する場面で、金銭債務の可分性を理由に一部有効(一部抗弁)とする論理として活用できる。なお、現行民法下の「錯誤による取消し」の場合でも、本判旨の「可分的な債務負担意思」の論理は、取消しの範囲を限定する解釈として援用可能である。
事件番号: 昭和27(オ)160 / 裁判年月日: 昭和29年3月9日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】手形振出行為に民法上の錯誤(現95条)の規定を適用するとしても、その無効(現:取消し)をもって、善意の手形譲受人に対抗することはできない。 第1 事案の概要:上告人(振出人)は、手形の振出行為に錯誤(旧民法95条)があったとして、その無効を主張した。これに対し、被上告人(被控訴人)は、上告人から直…