一、いわゆる危急時遺言の遺言書に遺言をした日附ないしその証書の作成日附を記載することは遺言の有効要件ではなく、遺言書に作成の日として記載された日附が正確性を欠いていても、遺言は無効ではない。 二、いわゆる危急時遺言において、筆記者である証人が筆記内容を清書した書面に遺言者の現在しない場所で署名捺印をし、他の証人二名の署名を得たうえ、全証人の立会いのもとに遺言者に読み聞かせ、その後、遺言者の現在しない、遺言執行者に指定された者の法律事務所で右証人二名が捺印をし、もつて全証人の署名捺印が完成した場合であつても、その署名捺印が、原判示(原判決理由参照)のように、筆記内容に変改を加えた疑いを挾む余地のない事情のもとに遺言書作成の一連の過程に従つて遅滞なくなされたものであるときは、その署名捺印は民法九七六条の方式に則つたものとして、遺言の効力を認めるに妨げない。
一、いわゆる危急時遺言の遺言書における日附と遺言の効力 二、いわゆる危急時遺言の遺言書に対する証人の署名捺印が遺言者の面前でなされなかつた場合に遺言の効力が認められた事例
民法976条
判旨
民法976条の危急時遺言において、遺言書への日附記載は有効要件ではなく、また、証人の署名捺印が遺言者の面前でなされなくとも、一連の過程で遅滞なくなされ筆記の正確性が担保される事情があれば有効である。
問題の所在(論点)
1. 危急時遺言において、遺言書に作成日附の記載があることは有効要件か。2. 証人の署名捺印が遺言者の面前で行われず、後日離れた場所で完成した場合でも、同条の方式を充たすか。
規範
1. 民法976条の危急時遺言において、日附の記載は有効要件ではない。証人が記載した日附に不正確な点があっても、証言等により遺言の日を確定できる限り無効とはならない。2. 証人の署名捺印は、遺言者の面前でなされるのが本来の趣旨であるが、筆記内容に変改を加えた疑いを挟む余地のない事情のもと、遺言書作成の一連の過程に従って遅滞なくなされたと認められるときは、同条の方式に則ったものとして有効である。
重要事実
遺言者Dは、昭和43年1月27日深夜から翌28日未明にかけて証人に対し遺言を口授した。筆記者である証人は、清書した書面にDの不在場所で署名捺印し、他の証人2名の署名を得た上で、28日午後9時頃にDへ読み聞かせた。その後、29日午前に遺言執行者の法律事務所で残り2名の証人が捺印を完了した。本件遺言書には「昭和43年1月28日」と記載されていたが、実際に完成したのは翌29日であった。また、読み聞かせ後に「遺産します」を「遺言します」と訂正する等の加筆があったが、改めての読み聞かせは行われなかった。
あてはめ
1. 976条の規定上、日附記載は要求されておらず、単なる証明資料にすぎないため、完成日(29日)と記載日(28日)が異なっても無効ではない。2. 本件では、27日深夜の口授から始まり、28日の読み聞かせを経て29日午前に署名捺印を完了させており、一連の過程として遅滞なくなされている。内容も誤記の訂正等に留まり、筆記の正確性を担保しようとする同条の趣旨を害するような変改の疑いはないため、方式を充たす。3. 加筆訂正についても、明らかな誤記の訂正や不要な注記の附加であれば、改めての読み聞かせがなくても効力に影響しない。
結論
本件遺言は有効である。日附の不正確さや、証人の署名捺印が遺言者の面前で行われなかったことは、いずれも遺言を無効とする事由にはならない。
実務上の射程
危急時遺言の方式を緩和する解釈を示した重要判例である。答案上は、厳格な方式主義を貫きつつも「筆記の正確性の担保」という制度趣旨に遡り、その趣旨を害しない特段の事情(一連の過程、遅滞のなさ、変改の疑いの不在)を具体的事実から拾ってあてはめる際の準拠枠組みとして活用する。
事件番号: 昭和51(オ)978 / 裁判年月日: 昭和52年4月19日 / 結論: 棄却
遺言者が、遺言書のうち日附以外の全文を記載して署名押印し、その八日後に当日の日附を記載して右遺言書を完成させたときは、特段の事情のない限り、右日附を記載した日に作成された自筆証書遺言として、有効である。
事件番号: 平成9(オ)2060 / 裁判年月日: 平成11年9月14日 / 結論: 棄却
いわゆる危急時遺言に当たり、立ち会った証人の一人があらかじめ作成された草案を一項目ずつ読み上げ、遺言者が、その都度うなずきながら「はい」などと返答し、最後に右証人から念を押され了承する旨を述べたなど判示の事実関係の下においては、民法九七六条一項にいう遺言の趣旨の口授があったものということができる。
事件番号: 平成31(受)427 / 裁判年月日: 令和3年1月18日 / 結論: 破棄差戻
遺言者が,入院中の日に自筆証書による遺言の全文,同日の日付及び氏名を自書し,退院して9日後(全文等の自書日から27日後)に押印したなど判示の事実関係の下においては,同自筆証書に真実遺言が成立した日と相違する日の日付が記載されているからといって直ちに同自筆証書による遺言が無効となるものではない。