一、家屋賃貸借における敷金は、賃貸借終了後家屋明渡義務履行までに生ずる賃料相当額の損害金債権その他賃貸借契約により賃貸人が賃借人に対して取得する一切の債権を担保するものであり、敷金返還請求権は、賃貸借終了後家屋明渡完了の時においてそれまでに生じた右被担保債権を控除しなお残額がある場合に、その残額につき具体的に発生するものと解すべきである。 二、家屋の賃貸借終了後明渡前にその所有権が他に移転された場合には、敷金に関する権利義務の関係は、旧所有者と新所有者との合意のみによつては、新所有者に承継されない。 三、家屋の賃貸借終了後であつても、その明渡前においては、敷金返還請求権を転付命令の対象とすることはできない。
一、敷金の被担保債権の範囲および敷金返還請求権の発生時期 二、家屋の賃貸借終了後におけるその所有権の移転と敷金の承継の成否 三、賃貸借終了後家屋明渡前における敷金返還請求権と転付命令
民法619条,民訴法601条
判旨
敷金返還請求権は、賃貸借終了後、不動産の明渡時において、それまでに生じた一切の被担保債権を控除した残額につき発生する停止条件付債権である。そのため、建物明渡前になされた同債権への転付命令は、債権が未確定で適格を欠き無効である。
問題の所在(論点)
賃貸借終了後・建物明渡前において、賃借人が有する敷金返還請求権は転付命令の対象(差押適格)となるか。
規範
1. 敷金は、賃貸借存続中の賃料のみならず、終了後明渡までに生ずる賃料相当損害金等、賃貸人が取得する一切の債権を担保する。 2. 敷金返還請求権は、賃貸借終了後、家屋明渡がなされた時において、それまでに生じた一切の被担保債権を控除し、なお残額があることを条件として発生する。 3. 賃貸借終了後に家屋所有権が移転した場合、敷金に関する関係は当然には承継されず、承継には賃借人の承諾を要する。 4. 明渡前の敷金返還請求権は、発生及び金額が不確定なため、転付命令の対象となる適格を欠き、これに対する転付命令は無効である。
重要事実
賃借人Dは賃貸人Eとの間で敷金25万円を差し入れ家屋を借りたが、後に競落により被上告人が賃貸人の地位を承継した。賃貸借期間満了により契約は終了したが、Dは明渡を遅滞。その後、被上告人は家屋をFに売却し、Dの承諾なく敷金関係をFに譲渡した。一方、上告人はDに対する債権に基づき、Dが被上告人に対して有する敷金返還請求権を差し押さえ、転付命令を得た。この転付命令の発令当時、Dはまだ家屋を明け渡していなかった。
あてはめ
1. 敷金返還請求権は、明渡時において一切の債権を控除した残額があることを条件として発生する。本件転付命令の発令当時、Dは家屋の明渡を了していなかった。 2. また、被上告人からFへの敷金譲渡につきDの承諾がない以上、Fへの承継やFの債権への充当は上告人に対抗できない。 3. しかし、明渡前である以上、敷金返還請求権は依然として発生及び金額が不確定な状態にあり、券面額のある債権には当たらない。したがって、転付命令の対象としての適格を欠く。
結論
明渡前になされた本件敷金返還請求権に対する転付命令は無効であり、上告人は当該請求権を取得できない。
実務上の射程
敷金返還請求権の発生時期が「明渡時」であることを確定させた重要判例である。答案上は、敷金の性質を論じる際の「停止条件付債権」の根拠として、また差押え・転付命令の有効性を検討する際の「差押適格(確定性)」の議論で活用する。
事件番号: 昭和48(オ)30 / 裁判年月日: 昭和49年9月2日 / 結論: 棄却
家屋の賃貸借終了に伴う賃借人の家屋明渡債務と賃貸人の敷金返還債務とは、特別の約定のないかぎり、同時履行の関係に立たない。