甲乙問の土地売買契約の解除と土地交換契約の締結に伴い、甲が乙に対して負担した清算金債務を弁済するため、自己が金融機関である丙との間で締結していた定期貯金契約を合意解約し、その払戻金を乙に支払うことを丙に対し委任した場合において、右売買契約の解除および交換契約が甲の土地評価の誤認に起因し法律行為の要素の錯誤により無効であり、甲の前記清算金債務は存在しないときであつても、甲が右支払を委任するに至つた動機のごときは、丙に表示されたとしても、右定期貯金契約の合意解約および支払委任につき、民法九五条にいう法律行為の要素とはならないものと解すべきである。
動機が表示されても民法九五条にいう法律行為の要素とはならないとされた事例
民法95条
判旨
特定の相手方への支払を目的とする預金契約の解約および支払委任において、その原因となる債務の存否に関する誤認は単なる動機の錯誤にすぎず、法律行為の要素の錯誤には当たらない。
問題の所在(論点)
支払の前提となる債務が不存在であった場合、その債務の弁済を目的とした「預金契約の解約」および「支払の委任」という法律行為に要素の錯誤が認められるか。換言すれば、支払の動機にすぎない事情の錯誤が法律行為を無効(現行法上の取消事由)とするか。
規範
法律行為の内容が、特定の金員を第三者に給付すること自体にある場合、その給付を行うに至った前提となる債務の存否や対価関係に関する事情は、単なる意思表示の「動機」にすぎない。かかる動機に錯誤があっても、それが表示されたか否かにかかわらず、特段の事情のない限り法律行為の「要素」の錯誤(民法95条)には該当しない。
重要事実
被上告人(預金者)は、第三者Dとの間で行った売買契約の合意解除等に基づき、Dに対して売買代金返還債務を負っていると誤信した。被上告人は、この債務を弁済するため、上告人(銀行側)との間で定期貯金契約を解約し、その払戻金9000万円をDに支払うよう上告人に委任した。上告人はこれに基づきDに支払ったが、後に被上告人とDとの間の合意解除等が錯誤により無効であることが判明したため、被上告人は上告人に対し、解約および支払委任も錯誤無効であり預金債権は消滅していないと主張して支払を求めた。
あてはめ
本件における定期貯金契約の解約および支払委任は、その実質において被上告人が自ら払い戻しを受けてDに支払う場合と同視できる。このような給付行為において、Dに対して支払を行うに至った「動機」(売買代金返還債務の存在)は、法律行為(解約・委任)の内容そのものではない。したがって、仮にDへの支払が結果として非債弁済になったとしても、それはDとの間の問題にとどまる。上告人との間における解約・委任という法律行為自体の要素に錯誤があったとはいえず、委任に基づく支払は有効であるから、預金債権は消滅したと評価される。
結論
被上告人の預金解約および支払委任に要素の錯誤は認められず、上告人の弁済により預金債権は有効に消滅した。したがって、被上告人の請求は棄却されるべきである。
実務上の射程
原因関係(動機)の錯誤が、決済行為やその委任行為(履行行為)自体の効力に影響を及ぼさないことを示した判例である。答案上は、動機の錯誤が「表示」されていたとしても、それが直ちに法律行為の要素(内容)とならない場面があることを論証する際に有用である。特に銀行実務のような決済の安全が重視される局面での論理構成として機能する。
事件番号: 平成12(受)1418 / 裁判年月日: 平成15年3月25日 / 結論: その他
証券会社に所属する外務員が,顧客に対し,実在しない同社の取引口座の存在をかたって同口座の利用を勧誘し,金銭の預託を受けるなどしたが,その入出金の経過が同社から同顧客に交付された取引報告書等には全く記載されておらず,同外務員がした説明からは同口座において同顧客のための証券取引が行われるものと解することが困難であるなど判示…