被疑者として逮捕されている間に警察官から不法行為を受けた被害者が、当時加害者の姓、職業、容貌を知つてはいたものの、その名や住所を知らず、引き続き身柄拘束のまま取調、起訴、有罪の裁判およびその執行を受け、釈放されたのちも判示の事情で加害者の名や住所を知ることが困難であつたような場合には、その後、被害者において加害者の氏名、住所を確認するに至つた時をもつて、民法七二四条にいう「加害者ヲ知りタル時」というべきである。
民法七二四条にいう「加害者ヲ知りタル時」の認定事例
民法724条
判旨
不法行為の消滅時効の起算点となる「加害者を知った時」とは、加害者に対する賠償請求が事実上可能な程度にこれを知った時を指す。被害者が加害者の住所・氏名を的確に知らず、賠償請求権の行使が事実上不可能な状況にあった場合は、その状況が止み、住所・氏名を確認した時に初めて時効が進行する。
問題の所在(論点)
不法行為による損害賠償請求権の短期消滅時効(民法724条)の起算点である「被害者...が...加害者を知った時」の意義。特に、加害者の氏名や住所を正確に把握していない場合に時効が進行するか。
規範
民法724条(旧法同条前段)にいう「加害者を知った時」とは、被害者が加害者に対する賠償請求をすることが事実上可能な状況の下に、その可能な程度にこれを知った時を意味する。したがって、被害者が不法行為時に加害者の氏名・住所を的確に知らず、権利行使が事実上不可能な状況にあるときは、その状況が解消し、加害者の氏名・住所を確認した時を起算点と解すべきである。
重要事実
被害者(被上告人)は昭和17年、軍機保護法違反容疑で拘束中、加害者(上告人)である警部補から暴行を受けた。当時、被害者は加害者の姓と容貌は知っていたが、名と住所は知らなかった。その後、被害者は有罪判決の執行等により身柄拘束が続き、昭和20年の釈放後も終戦直後の混乱等で加害者の所在把握が困難であった。被害者が自ら探索・照会を重ね、最終的に加害者の住所・氏名を突き止め本人と確認したのは昭和36年であった。被害者は昭和37年に提訴した。
あてはめ
不法行為当時、被害者は加害者の姓と容貌を知るに留まり、住所・氏名を的確に知らなかった。また、逮捕・服役という身柄拘束や終戦直後の社会的混乱という客観的状況に鑑みれば、釈放後も加害者の所在等を特定して賠償請求権を行使することは事実上不可能であったといえる。被害者が探索の末に加害者の住所・氏名を特定した昭和36年になって初めて、賠償請求が事実上可能な程度に加害者を知ったといえる。したがって、この時点から時効は進行する。
結論
消滅時効は完成していない。昭和36年に加害者を知ったと認められる以上、それから3年以内である昭和37年の提訴は時効期間内であり、請求は認められる。
実務上の射程
消滅時効の起算点について、単なる主観的な認識(顔を知っている等)だけでなく、権利行使の可能性という客観的・実質的な観点から判断する枠組みを示したものである。答案上は、被害者が加害者を特定するために尽くした努力や、権利行使を妨げる客観的障害(身柄拘束や住所不明など)の有無を具体的事実から拾って論じる際に活用できる。
事件番号: 昭和40(オ)486 / 裁判年月日: 昭和44年11月27日 / 結論: 棄却
使用者責任において民法七二四条の加害者を知るとは、被害者が、使用者ならびに使用者と不法行為者との間に使用関係がある事実に加えて、一般人が当該不法行為が使用者の事業の執行につきなされたものであると判断するに足りる事実をも認識することをいうと解するのが相当である。