一、商法六九〇条は、民法七一五条に対する特則として、船長その他の船員がその職務を行なうにあたり故意または過失により他人に加えた損害については、船舶所有者において、当該船員の選任・監督に関する過失の有無にかかわらず、その賠償の責に任ずべき旨を定めたものと解すべきである。 二、漁船の船長兼漁撈長が、海上で右漁船によつて操業中、紛失した漁網の補充の用にあてて操業を継続するため、付近で操業中の他の漁船の漁網を窃取した場合、これによつて右漁網の所有者の被つた損害は、船員が職務を行なうにあたり他人に加えた損害にあたる。
一、商法六九〇条と民法七一五条との関係 二、船員が職務を行なうにあたり他人に加えた損害にあたるとされた事例
商法690条,民法715条,船舶法35条
判旨
船舶法35条に基づき商法690条が準用される漁船の船員が、操業継続を目的として他船の漁網を窃取した場合、当該行為は「職務を行ふに当たり」なされたものとして、船舶所有者は無過失責任を負う。
問題の所在(論点)
1. 漁船の船員による不法行為について商法690条(無過失責任)が準用されるか。2. 漁網の窃取という犯罪行為が、同条にいう「職務を行ふに当たり」他人に損害を加えた場合に該当するか。
規範
商法690条(現行商法704条・船長等の不法行為責任)は民法715条の特則であり、船舶所有者は船員の選任・監督について相当の注意を尽くしたことをもって免責を主張できない。また、「職務を行ふに当たり」とは、船員の本来の職務執行行為を契機とし、これと密接な関連を有すると認められる行為を指す。
重要事実
漁船の船長兼漁撈長Dは、操業中に自船の漁網を紛失した。Dは、紛失した網を補充して操業を継続するため、付近で操業中の他船(被上告人所有)の定置流網を切り取り窃取した。被害を受けた船主は、漁船所有者である上告人に対し、商法690条(当時)に基づき損害賠償を請求した。
あてはめ
1. 船舶法35条により商行為を目的としない船舶にも商法第四編が準用されるため、漁船にも商法690条が適用される。2. Dの本来的職務は漁船の航行および漁撈である。本件窃取は、漁撈を継続する目的でなされたものであり、職務執行を契機とし、これと密接な関連を有する。さらに、漁撈継続による利益は船舶所有者に帰属する関係にある。したがって、本件不法行為は「職務を行ふに当たり」なされたものと評価できる。
結論
上告人は、船員の選任・監督上の過失の有無にかかわらず、商法690条の準用に基づき、船員の不法行為によって生じた損害を賠償する責任を負う。
実務上の射程
海事事案における民法715条と商法の特則の関係を整理する際に用いる。特に「職務密接関連性」の判断において、犯罪行為であっても事業主の利益に資する目的(操業継続など)があれば、外形標準説的なアプローチで職務範囲内と認定される点に意義がある。
事件番号: 昭和59(オ)1085 / 裁判年月日: 昭和60年2月12日 / 結論: 棄却
船舶所有者がその被用者である船長の加害行為により被つた損害につき船長に対してする損害の賠償又は求償の請求についても、信義則を適用しこれを制限することを妨げない。