甲が、金融業者乙の被用者であるが代理権を有しない丙との間に、乙の不動産を買い受ける契約を締結し、代金を丙に支払うに際し、売買契約書等の表示、乙に対する登記抹消の訴に関する予告登記の存在、交渉中における代金減額の経過など、原判示のような丙の権限を疑うべき事情(原判決理由参照)があるのにかかわらず、丙を乙の支配人と紹介した仲介人の言葉のみを信用し、丙の代理資格および売買の意思の有無につき乙に問い合わせるなどの調査をすることなく、丙にその権限があるものと信じて、右契約を締結し多額の代金を丙に支払つた場合であつても、甲がこのように信じたことにいまだ重大な過失があるとはいえず、甲は、乙に対し、民法七一五条に基づき損害賠償を請求することを妨げられない。
被用者の取引行為を職務権限内の行為と信じた相手方に重大な過失がないとされた事例
民法715条
判旨
被用者の行為が外形的に職務の範囲内に属する場合でも、相手方が職務権限の逸脱について悪意または重過失があれば、使用者は民法715条の責任を免れる。重過失とは、わずかな注意を払えば権限逸脱を知り得たのにこれを看過し、一般人に要求される注意義務に著しく違反する「故意に準ずる」状態を指す。
問題の所在(論点)
民法715条1項の「事業の執行について」に関し、被用者の職務権限逸脱について相手方に「重大な過失」があるといえるための判断基準、および本件の事情が重過失に該当するか。
規範
被用者の行為が外形からみて使用者の事業の範囲内に属する場合であっても、その行為が職務権限内において適法に行われたものでないことを、相手方が知り(悪意)、または重大な過失により知らなかったときは、使用者は損害賠償責任を免れる。ここにいう「重大な過失」とは、わずかな注意を払いさえすれば職務権限外であると知り得たのに、漫然とこれを信じ、一般人に要求される注意義務に著しく違反することをいう。それは「故意に準ずる程度の注意の欠缺」があり、公平の見地上、相手方を全く保護しないことが相当と認められる状態を指す。
重要事実
金融業者である被上告人の被用者Eが、上告人に対し、不動産売買の手付金等の名目で1000万円を詐取した。上告人の代表者らは、仲介人の言葉を信じてEに代理権があると思い込み、売主の表示や登記簿の調査(所有権争いの予告登記の有無など)、短期間での大幅な値引き(2500万円から1700万円への減額)に対する不審点の確認を怠ったまま、Eに多額の現金を交付した。原審は、これら調査を怠った点をもって上告人に「重過失」があるとし、使用者責任を否定した。
あてはめ
上告人の代表者らが、Eに権限があると信じたことについて、通常なすべき注意を尽くしたとはいえない。しかし、登記簿の調査不足や値引きへの不信感の欠如といった事情は、いずれも比較的軽度の不注意(軽過失)を裏付けるものにとどまる。これらをもって、わずかな注意さえ払えば権限逸脱を知り得た「故意に準ずる程度の著しい注意義務違反」があるとはいえず、公平の見地上、被害者である上告人を全く保護しないことが相当な状態にまでは至っていない。
結論
上告人に重大な過失があるとは認められず、使用者責任の免責を認めた原判決には民法715条の解釈適用の誤りがある。原判決を破棄し、差し戻す。
実務上の射程
被害者が職務権限逸脱を知っていたか、あるいは「重過失」があった場合にのみ使用者が免責されるという「外形標準説」の修正を確立した。実務上は、単なる過失(調査不足等)だけでは重過失とはされず、不自然な取引条件や明白な疑念をあえて無視したような特段の事情が必要となるため、答案上も「故意に準ずる」レベルか否かを厳格に検討すべきである。
事件番号: 昭和46(オ)120 / 裁判年月日: 昭和46年9月23日 / 結論: 棄却
(省略)