一、銀行が、当座勘定取引契約に基づき、届出の印鑑と手形上の印影とを照合するにあたつては、銀行の照合事務担当者に対して社会通念上一般に期待されている業務上相当の注意をもつて慎重に行なうことを要し、右事務に習熟している銀行員が右のような注意を払つて熟視するならば肉眼で発見しうるような印影の相違が看過されて偽造手形が支払われたときは、その支払による不利益を取引先に帰せしめることは許されない。 二、銀行が手形の印影と届出印鑑とが符合すると認めて支払をした場合は責任を負わない旨の当座勘定取引契約上の免責約款は、銀行が手形の印影照合にあたつて尽くすべき前項の注意義務を軽減する趣旨のものではない。 三、当座勘定取引契約上の支払委託は、特段の事情のないかぎり、振出日欄白地の確定日払の約束手形の支払を含む趣旨とは解されず、銀行が、支払委託の有無を確認するための相当な方法をとることなく、右白地手形の支払をしたときは、その結果を取引先に帰属させることは許されない。
一、銀行が当座勘定取引契約に基づき手形の印影を照合するにあたつて尽くすべき注意義務の程度 二、印影照合についての銀行の注意義務と免責約款の効力 三、当座勘定取引契約に基づき手形の支払委託をうけた銀行が振出日欄白地の約束手形を支払つた場合における取引先に対する効力
民法644条,手形法10条,手形法75条,手形法77条2項
判旨
銀行が印影照合を行う際は、社会通念上期待される業務上相当の注意義務を負い、習熟した銀行員が肉眼による平面照合で発見し得る相違を看過した場合は過失を免れない。また、振出日白地の手形は本来の支払委託の範囲外であり、特段の事情がない限り、銀行は支払に際して振出人に確認すべき義務を負う。
問題の所在(論点)
1. 免責約款が存在する場合において、銀行が偽造手形の印影照合に際して負う注意義務の内容および程度。 2. 振出日白地の手形が提示された場合において、銀行が負担すべき確認義務の有無。
規範
1. 銀行の注意義務:銀行は当座勘定取引契約に基づく受任者として善管注意義務を負う。免責約款があっても注意義務は軽減されず、習熟した銀行員が肉眼による平面照合(相当の注意を払った熟視)によって発見し得る印影の相違を看過した場合には過失が認められる。 2. 白地手形の支払:当座勘定取引における支払委託は原則として有効な手形を対象とするため、振出日白地の未完成手形は委託の範囲外である。よって、特段の事情がない限り、銀行は支払前に振出人に確認すべき義務を負う。
重要事実
上告人の義母が印章を偽造して作成した偽造手形5通について、銀行が平面照合により届出印と符合すると判断して支払った。うち3通は振出日が白地であった。当座勘定取引契約には、印影符合を認めて支払った場合は損害につき銀行は免責される旨の約款が存在した。原審は、約款により注意義務が緩和されるとして銀行の免責を認めたため、上告人が争った。
あてはめ
1. 印影照合:原審は「仔細に点検すれば肉眼で発見し得た」と認めつつ、約款による義務緩和を理由に過失を否定したが、約款は必要な注意を尽くすことが前提であり緩和の根拠とならない。銀行員として期待される相当の注意を払って熟視すれば発見し得た相違を見逃したならば、過失があるというべきである。 2. 白地手形:振出日の記載がない未完成手形は、有効な支払をなし得ないものである。銀行がこれを支払うには、特段の合意がない限り、電話等の相当な方法で振出人に支払委託の有無を確認すべきであった。これを行わずに支払ったことは委託の趣旨に反する。
結論
銀行の過失および確認義務違反を否定して免責を認めた原判決には法令の解釈適用の誤りがある。よって、原判決を破棄し、これらの点についてさらに審理させるため本件を差し戻す。
実務上の射程
銀行実務における印影照合の基準(平面照合で足りるが、熟練者基準の注意は必要)を確定させた重要判例。答案上は、債権の準占有者に対する弁済(民法478条)や、預金規定の免責条項の有効性を論じる際の帰責事由の判断基準として引用する。白地手形の点は、支払委託の範囲に関する解釈の指針として活用できる。
事件番号: 昭和33(オ)543 / 裁判年月日: 昭和36年11月28日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】当座勘定規定等における免責特約は、銀行が印影の照合において相当の注意を用い、かつ印鑑の盗用・偽造等の事実を知ることができなかった場合に限り、その損失を預金者負担とする趣旨である。本特約は印影照合以外の善管注意義務を一切免除するものではなく、銀行側に過失がない場合にのみ適用される。 第1 事案の概要…