建物の賃借人が、債務不履行により賃貸借契約を解除されたのち、権原のないことを知りながら右建物を不法に占有する間に有益費を支出しても、その者は、民法二九五条二項の類推適用により、右費用の償還請求権に基づいて右建物に留置権を行使することはできない。
建物賃貸借契約解除後の不法占有と民法二九五条二項の類推適用
民法295条
判旨
賃借人が賃貸借契約の解除により占有権原がないことを知りながら、建物を不法に占有して有益費を支出した場合、民法295条2項の類推適用により、当該有益費償還請求権に基づく留置権を主張することはできない。
問題の所在(論点)
賃貸借契約が解除され、占有権原がないことを知りつつ不法に占有を継続している者が支出した有益費の償還請求権に基づき、留置権を主張できるか(民法295条2項の類推適用の可否)。
規範
留置権は公平の原則に基づき認められる権利であるから、占有が不法行為によって始まった場合には認められない(民法295条2項)。この趣旨は、占有開始時には適法であったとしても、占有権原がないことを知りながら占有を継続し(悪意の不法占有)、その間に必要費や有益費を支出した場合にも妥当する。したがって、このような場合には同条2項を類推適用し、費用償還請求権に基づく留置権の成立を否定すべきである。
重要事実
賃借人Dは、賃貸人(被上告人)から本件建物を借り受けていたが、賃料債務の不履行を理由に賃貸借契約を解除された。しかし、Dは契約解除によって建物を占有すべき権原がないことを知りながら、引き続き本件建物を不法に占有し続けた。Dはその不法占有の期間中に本件建物について有益費を支出した。その後、Dの相続人(上告人ら)は、当該有益費償還請求権を被担保債権として、本件建物に対する留置権を主張した。
あてはめ
本件において、賃借人Dは賃料不払による契約解除後、占有権原がないことを自覚しながら建物の占有を続けていた。このような悪意の不法占有者が支出した有益費に基づき留置権を認めることは、公平の原則に反し、不法占有を助長することになる。不法行為によって占有が開始された場合と、占有開始は適法でもその後の不法占有中に債権が発生した場合とで、留置権を否定すべき必要性に差異はないため、民法295条2項が類推適用される。したがって、Dおよびその承継人である上告人らは留置権を主張できない。
結論
本件建物の占有権原がないことを知りながら不法に占有していた間に支出した有益費については、民法295条2項の類推適用により、留置権を主張することはできない。
実務上の射程
本判決は、留置権の成立を否定する「不法行為によって始まったとき」(295条2項)の範囲を拡張するものである。司法試験においては、建物賃貸借の終了後の不法占有事案(賃料不払解除や期間満了後)で費用償還請求権に基づく留置権抗弁が出された際、本判例を根拠に「公平の原則」を強調して類推適用を認めるべきである。また、造作買取請求権については、建物と債権との牽連性は否定されるのが通説的判例(最判昭29.1.14等)であるため、これと混同しないよう注意が必要である。
事件番号: 昭和45(オ)1142 / 裁判年月日: 昭和47年3月30日 / 結論: 棄却
建物の従前の賃借人が、賃借中支出した費用の償還を請求するためその建物につき留置権を行使した場合には、賃借中と同一の態様をもつて建物の占有・使用を継続することは、特段の事情のないかぎり、留置権に基づく適法な行為と解すべきである。