一 任意捜査における有形力の行使は、強制手段、すなわち個人の意思を制圧し、身体、住居、財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為など特別の根拠規定がなければ許容することが相当でない手段にわたらない限り、必要性、緊急性などをも考慮したうえ、具体的状況のもとで相当と認められる限度において、許容される。 二 警察官が、酒酔い運転の罪の疑いが濃厚な被疑者をその同意を得て警察署に任意同行し、同人の父を呼び呼気検査に応じるよう説得を続けるうちに、母が警察署に来ればこれに応じる旨を述べたので、連絡を被疑者の父に依頼して母の来署を待つていたところ、被疑者が急に退室しようとしたため、その左斜め前に立ち、両手でその左手首を掴んだ行為(判文参照)は、任意捜査において許容される限度内の有形力の行使である。
一 任意捜査において許容される有形力の行使の限度 二 任意捜査において許容される限度内の有形力の行使と認められた事例
刑法95条1項,刑訴法197条1項
判旨
強制手段とは、個人の意思を制圧し、身体、住居、財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為等をいい、これに至らない有形力の行使は、具体的状況の下で相当と認められる限度で任意捜査として許容される。
問題の所在(論点)
任意捜査において、警察官が被疑者の手首を掴むなどの有形力を行使することが、強制手段(刑訴法197条1項但書)にあたり違法とならないか。また、その適法性が公務執行妨害罪の成否にどう影響するか。
規範
刑訴法197条1項但書の「強制の処分」とは、有形力の行使を意味するのではなく、個人の意思を制圧し、身体、住居、財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為など、特別の根拠規定がなければ許容することが相当でない手段を指す。これに至らない有形力の行使は、事案の軽重、必要性、緊急性等を考慮し、具体的状況のもとで相当と認められる限度において、任意捜査として許容される。
重要事実
事件番号: 昭和52(あ)1706 / 裁判年月日: 昭和53年10月31日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】呼気検査が強制にわたるものではなく、かつ派出所への同行が任意捜査の域を超えない場合には、当該捜査は適法である。 第1 事案の概要:被告人Aに対し、警察官が酒気帯び運転の疑いで呼気検査を実施した。また、その際、被告人を派出所まで同行させた。弁護人は、これらの行為が強制捜査に該当し、憲法31条および3…
酒酔い運転および物損事故の疑いがある被告人を警察署に任意同行し、呼気検査への説得を継続していた。被告人が「マッチを取ってくる」と言って急に退室しようとしたため、巡査が逃亡を阻止し説得を継続する目的で、被告人の前方に立ちふさがり両手でその左手首を掴んだ。これに対し、被告人は巡査の手を振り払い、顔面を殴打するなどの暴行を加えた。
あてはめ
巡査の行為は、説得のための抑制措置であり、その程度もさほど強くないことから、直ちに身体を拘束する「逮捕」等の強制手段には当たらない。また、酒酔い運転の嫌疑が濃厚で、一度は説得に応じる姿勢を見せながら急に退室しようとした状況に鑑みれば、説得を継続するための必要性・緊急性が認められる。したがって、手首を掴む程度の有形力の行使は、具体的状況下で相当な範囲内といえ、適法な職務執行であると評価される。
結論
巡査の行為は任意捜査として適法な職務執行の範囲内であり、これに暴行を加えた被告人には公務執行妨害罪が成立する。
実務上の射程
強制捜査と任意捜査の区別(強制の処分の意義)および、任意捜査における有形力行使の限界(適法性)を示すリーディングケースである。答案では、まず「意思制圧」と「重要法益侵害」の有無から強制・任意を分けた後、本判例の枠組みを用いて「必要性・緊急性・相当性」の観点から比例原則によるあてはめを行う。
事件番号: 昭和52(あ)1846 / 裁判年月日: 昭和53年9月22日 / 結論: 棄却
交通違反取締中の警察官が、信号無視の自動車を現認しこれを停車させた際、下車した運転者が酒臭をさせており、酒気帯び運転の疑いが生じたため、酒気の検知をする旨告げたところ、同人が、警察官が提示を受けて持つていた運転免許証を奪い取り、自動車に乗り込んで発進させようとしたなど判示の事実関係のもとでは、警察官が自動車の窓から手を…
事件番号: 昭和27(あ)3491 / 裁判年月日: 昭和27年12月4日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】被告人が公務員の職務執行に際して逃走を試みた行為が、単なる放任行為にとどまらず公務執行妨害罪の構成要件を具備すると判断した事案である。 第1 事案の概要:被告人が、公務員による職務執行(詳細は判決文からは不明)の際、現場から逃走しようとして行為に及んだ。弁護側は、当該行為が単なる逃走のための「放任…