被告人の精神分裂病の既往歴、犯行時の右疾病による欠陥状態(人格水準低下、感情鈍麻)の存在、犯行の動機についての妄想の関与及び犯行に際しての奇異な行動など(判文参照)の事情がうかがわれる本件においては、犯行が精神分裂病の寛解期にされたことのほか、犯行の動機の存在、犯行の計画性、犯行後の証拠隠滅工作を含む一連の行動を重視し、是非善悪の判断が可能な精神状態にあつた旨の鑑定意見を裏付けとして、被告人の精神状態の著しい欠陥、障害はなかつたものと認めた原判決は、被告人の限定責任能力を認めなかつた点において事実を誤認した疑いがあり、破棄を免れない。
被告人の責任能力について事実誤認の疑いがあるとされた事例
刑法39条2項,刑訴法411条3号
判旨
精神分裂病の病歴や犯行態様の奇異性、専門家鑑定により動機への妄想の関与等が認められる場合には、犯行が計画的で証拠隠滅工作等があったとしても、限定責任能力の疑いがある。裁判所は、病歴、犯行態様、犯行後の病状等を総合考察し、事物の是非善悪を弁識する能力等の著しい減退の有無を慎重に判断すべきである。
問題の所在(論点)
刑法39条2項にいう「心神耗弱」の判断において、犯行の計画性や事後の証拠隠滅工作といった事実を、精神分裂病による妄想や人格変化が認められる場合にどのように評価すべきか。被告人の責任能力に関する事実誤認の有無が問題となった。
規範
責任能力の有無・程度は、単に計画性や証拠隠滅工作の有無といった外形的行動のみから判断すべきではない。被告人の精神疾患の病歴、犯行に至る動機、犯行態様の異常性、専門家による鑑定結果(特に病的な妄想の関与や人格の荒廃状態の指摘)、および公判段階を含む犯行後の言動等を総合的に考察し、行為の是非善悪の弁識能力またはそれに従う行動能力が著しく減退していたかを判断すべきである。
重要事実
被告人は精神分裂病と診断され、犯行約2か月前まで通院治療を受けていた。本件では、具体的交際のない女性への不満や些細な議論を動機として、幼児を含む5名を殺害し2名に重傷を負わせた。その際、特定の人物は放置するなど奇異な行動が見られた。第一審・控訴審の鑑定では、犯行当時は精神分裂病の欠陥状態にあり、動機に妄想が関与していたこと等が指摘されていたが、原審は計画性や証拠隠滅工作を重視し、完全責任能力を認めて死刑を維持した。
あてはめ
被告人には精神分裂病の既往歴があり、犯行時も人格水準の低下や感情鈍麻を伴う欠陥状態にあった。犯行の動機は、一般的には謀殺に発展するほど深刻なものではなく、妄想が関与していた疑いが強い。また、人質同様の運転手や無関係な幼児等を殺傷しながら特定の人物を放置する態様は極めて奇異である。原審は計画性や証拠隠滅工作を理由に完全責任能力を認めたが、これらの事実があっても、病歴や鑑定結果を総合すれば、限定責任能力の疑いを否定できない。
結論
被告人が限定責任能力の状態にあった疑いがあるにもかかわらず、これを否定した原判決には重大な事実誤認がある。原判決を破棄し、審理を尽くさせるため本件を差し戻す。
実務上の射程
精神疾患が認められる事案の責任能力判断において、裁判所が「計画性」や「一貫した行動」のみを重視して機械的に完全責任能力を認めることに警鐘を鳴らす。答案上は、鑑定書の各要素(妄想の関与等)と具体的犯行態様の奇異性を架け橋として、犯行の合目的性・計画性が直ちに完全責任能力を導くものではないことを論述する際に用いる。
事件番号: 平成20(あ)1718 / 裁判年月日: 平成21年12月8日 / 結論: 棄却
1 裁判所は,特定の精神鑑定の意見の一部を採用した場合においても,責任能力の有無・程度について,当該意見の他の部分に拘束されることなく,被告人の犯行当時の病状,犯行前の生活状態,犯行の動機・態様等を総合して判定することができる。 2 精神医学者の精神鑑定における意見のうち被告人が心神喪失の状態にあったとする部分を前提資…
事件番号: 平成25(あ)729 / 裁判年月日: 平成27年5月25日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】責任能力の判断において、精神障害の有無等の専門家意見は尊重すべきだが、鑑定が犯行に特有な事情(被告人の性格や確執の経緯等)への考察を欠く場合は「採用し得ない合理的な事情」があるといえる。本件では妄想性障害の影響を認めつつも、犯行の合目的性や現実的動機に基づき、完全責任能力を肯定した原判断を維持した…