被告人の長男甲が乙に対し、乙がまだなんらの侵害行為に出ていないのに、これに対し所携のチエーンで殴りかかつた上、なお攻撃を加えることを辞さない意思をもつて、庖丁を擬した乙と対峙していた際に、甲の叫び声を聞いて表道路に飛び出した被告人は、右のごとき事情を知らず、甲が乙から一方的に攻撃を受けているものと誤信し、その侵害を排除するため乙に対し猟銃を発射し、散弾の一部を同人の右頸部前面鎖骨上部に命中させたものであること、その他原判決認定の事実関係(原判文参照)のもとにおいては、被告人の本件所為は、誤想防衛であるが、その防衛の程度を超えたものとして、刑法第三六条第二項により処断すべきものである。
殺人未遂罪につき誤想過剰防衛が認められた事例。
刑法36条,刑法38条,刑法199条,刑法203条
判旨
急迫不正の侵害がないにもかかわらず、これがあると誤信して防衛行為に及んだ「誤想防衛」において、その行為が防衛の程度を超えた場合には、刑法36条2項を準用して刑を減軽または免除することができる。
問題の所在(論点)
急迫不正の侵害がないにもかかわらず、これがあると誤信してなされた防衛行為(誤想防衛)において、その反撃行為が過剰であった場合(誤想過剰防衛)に、刑法36条2項(過剰防衛)の規定を適用(または準用)できるか。
規範
急迫不正の侵害が存在しないにもかかわらず、行為者がこれがあると誤信して防衛行為を行った場合(誤想防衛)、その誤信した事実に基き、行為の相当性を判断する。仮に誤信した事実が前提であっても、その反撃行為が防衛の程度を超えていると認められるときは、誤想過剰防衛として刑法36条2項の規定を準用し、刑の任意的減免を認めるべきである。
重要事実
被告人の長男Aは、相手方Bが侵害行為に及んでいないにもかかわらず、所持していたチェーンでBに殴りかかり、さらに包丁を手にしたBと対峙していた。そこへ駆けつけた被告人は、Aが一方的に攻撃を受けているものと誤解し、Aを救うためBに向けて猟銃を発射し、Bの頸部付近に命中させて負傷させた。
あてはめ
本件では、実際には長男Aが先に攻撃を仕掛けており急迫不正の侵害は存在しなかった。しかし、被告人はAが一方的に攻撃されていると誤信して猟銃を発射している。この際、かりに被告人が誤信した通りの急迫不正の侵害があったとしても、素手や包丁の対峙に対して至近距離から猟銃を発射する行為は、防衛の手段として相当性を欠き、防衛の程度を超えたものと評価される。したがって、誤信した状況を前提としても過剰な防衛行為といえる。
結論
被告人の行為は誤想過剰防衛に該当し、刑法36条2項によりその刑を減軽または免除することができる。
実務上の射程
誤想防衛における過剰性の判断は、行為者が誤信した事実を基礎として行われることを示した。答案上は、責任故意が阻却されることを前提としつつ、刑の減免の根拠として同条2項の準用を認めるロジックとして活用する。
事件番号: 昭和24(れ)1719 / 裁判年月日: 昭和24年11月8日 / 結論: 棄却
原判決は、被告人の判示第一の犯行につき、その犯意の證明として「若し日本刀や匕首で相手を斬り付けるときは、斬り所によつては當然相手を死に到らしめることを豫想しながら」本件犯行に出たことを記載している。自己の行爲が他人を死亡させるかも知れないと意識しながら敢えてその行爲に出た場合が殺人罪のいわゆる未必の故意ある場合に當るこ…
事件番号: 昭和25(あ)1243 / 裁判年月日: 昭和26年8月9日 / 結論: 棄却
本件第一審判決は、弁護人の正当防衛の主張を排斥して「Aが拳銃を携えていたことは認め得るが、同人が拳銃を被告人の心臓部に突き付けたということは之を認め難く、従つて未だ急迫不正の侵害行為があつたとは謂い得ない」と判示し、原判決もこの認定を是認したのである。「被害者が拳銃を所持していたことを認め」たからとて、それは必ずしも所…
事件番号: 昭和57(あ)648 / 裁判年月日: 昭和59年1月30日 / 結論: 破棄自判
相手方から一方的に暴行を受けた被告人が、帰寮後も憤まん収まらず、いつたんは木刀を手にして相手方と対峙し同人を難詰したものの、同僚の説得に従い、話合いをするため木刀を投げ捨てその場を離れたにもかかわらず、予期に反して相手方がいきなり右木刀を拾い上げ攻撃してきた本件事実関係のもとにおいては(判文参照)、右攻撃は刑法三六条に…