一 公職選挙法第一四二条第一項にいう選挙運動のために使用する文書とは、文書の外形内容自体からみて選挙運動のために使用すると推知されうる文書をいうのであつて、文書の外形内容自体からみてこれに使用すると推知しえない文書は、たとえそれが現実のために使用されたとしても、同法第一四六条にいう禁止を免れる行為にあたることのあるのは格別、同法第一四二条第一項にいう文書にあたらない。 二 単に職業、氏名を印刷したに過ぎない通常の名刺は、同条第一項にいう文書にあたらない。 三 たとえ選挙運動の期間中における文書の配布はただ一回であつても、それが選挙運動の期間前からなされた一連の不特定又は多数人に対する配布行為中の一に該当すると認められるときは、公職選挙法第一四六条の文書頒布罪を構成する。
一 公職選挙法第一四二条第一項にいう選挙運動のために使用する文書の意義。 二 単に職業、氏名を印刷したに過ぎない通常の名刺は右の文書か。 三 選挙運動の期間中における文書の頒布として公職選挙法第一四六条の文書頒布罪を構成する事例。
公職選挙法142条1項,公職選挙法146条1項,公職選挙法243条5号
判旨
公職選挙法142条1項の「選挙運動のために使用する文書」とは、文書の外形内容自体から選挙運動用と推知しうるものを指し、外形上通常の名刺にすぎないものは同条の文書頒布罪には該当しない。ただし、そのような名刺であっても選挙運動の目的で多数に配布する行為は、同法146条1項の「禁止を免れる行為」として処罰の対象となる。
問題の所在(論点)
候補者の氏名・職業のみを記載した通常の名刺を、選挙運動の目的で戸別に配布する行為が、公職選挙法142条1項の「選挙運動のために使用する文書」の頒布罪に該当するか。あるいは同法146条1項の「禁止を免れる行為」に該当するか。
規範
1. 公職選挙法142条1項にいう「選挙運動のために使用する文書」とは、文書の外形内容自体からみて、選挙運動のために使用すると推知されうる文書をいう。 2. 文書の外形内容自体から選挙運動用と推知しえない文書は、たとえ現実に選挙運動に使用されたとしても同条の罪には該当しないが、同法146条の「禁止を免れる行為」としての文書頒布にあたりうる。 3. 同法146条にいう「文書図画の頒布」とは、文書図画を不特定又は多数人に対して配布することを意味する。
重要事実
被告人は、自己の当選を得る目的で、選挙告示後の期間中に有権者宅を戸別訪問して投票を依頼した。その際、被告人は自己の職業および氏名のみが印刷された通常の外形を有する名刺を交付した。第一審および原審は、この名刺配布行為が公職選挙法142条1項の「法定外文書の頒布」に該当すると判断したが、被告人が上告した。
あてはめ
1. 本件名刺は、候補者の職業・氏名を印刷したに過ぎない通常の名刺であり、文書の外形内容自体から直ちに選挙運動用と推知しうるものではない。したがって、法142条1項の文書頒布罪の構成要件を欠く。 2. もっとも、被告人は選挙運動期間中に、投票を得る目的で戸別訪問を行い、その一環として不特定又は多数人に対する配布行為の一部として本件名刺を配布している。このような態様での配布は、法142条の禁止を実質的に潜脱する「禁止を免れる行為」としての文書頒布に該当すると評価される。
結論
被告人の行為は、公職選挙法142条1項の罪には当たらないが、同法146条1項(脱法行為による文書頒布)および138条1項(戸別訪問)に該当する。原判決は法142条の解釈を誤っており破棄を免れないが、146条違反等の事実は認められるため、これに基づき罰金刑を科す。
実務上の射程
文書頒布の規制において、「文書そのものの属性(142条)」と「配布の態様による規制の潜脱(146条)」を区別して判断する枠組みを示している。答案上、外形が一般的な文書(名刺、挨拶状等)については、142条違反ではなく146条違反の成否を検討すべきであるという指針になる。
事件番号: 昭和35(あ)2226 / 裁判年月日: 昭和36年3月20日 / 結論: 棄却
「全国区参議院議員候補某選挙対策委員」という肩書を付した名刺は、公職選挙法第一四二条にいう「選挙運動のために使用する文書」にあたる。