一 故A研究報告顕彰会復刻「相対会研究報告」なる書名でその冒頭に執筆者同人名義の性研究に関する題名「性的経験概論」という論文が掲載されている部分のある文書であつても、その余の大部分には男女性交の状態を露骨詳細に描写し、人をして羞恥嫌悪の念を生じさせる記述のある短篇数篇が資料の部として掲載されているときには、全体として刑法第一七五条にいわゆる猥褻文書にあたる。 二 同条にいう販売とは特定または多数の人に対する有償譲渡をいう。
一 性科学書ではなく刑法第一七五条にいわゆる猥褻文書にあたる事例 二 同条にいう販売の意義
刑法175条
判旨
刑法175条にいう「頒布」の対象としての公衆は、不特定または多数の者を意味する。したがって、特定の者であっても多数人であれば、わいせつ物頒布罪における「頒布」に該当する。
問題の所在(論点)
刑法175条のわいせつ物頒布罪等における「公衆」への頒布の要件として、対象は「不特定かつ多数」である必要があるか。また、特定の少人数に対する提供であっても「頒布」に該当し得るか。
規範
刑法175条のわいせつ物頒布罪等における「頒布」の対象となる「不特定多数」とは、不特定または多数の意義に解するのが相当である。すなわち、不特定人に対して販売・頒布する場合のみならず、特定人であっても多数人に対して行う場合には、結局のところ多数人に行き渡るおそれがあるため、同条の処罰対象に含まれる。
重要事実
被告人らは、性科学書と称する文書(本件文書)を多数人に販売・頒布した。被告人らは、本件行為が「不特定かつ多数」を対象としたものではなく、特定の相手に対するものであるから、刑法175条の「頒布」等の要件を欠き、またわいせつ性の認識(故意)もなかったと主張して上告した。
あてはめ
本件文書は全体として検討すると、徒に性欲を刺激し、普通人の性的羞恥心を害する「わいせつ文書」に該当する。また、頒布の対象については、たとえ特定の者に対するものであったとしても、それが多数にわたる場合には、社会的に広く流通・拡散する危険性がある。本件における販売・頒布行為は、特定の相手方であっても結果として「多数」を対象としていることから、同条の「頒布」に該当すると判断される。
結論
刑法175条の対象は「不特定または多数」の者を指すため、特定の者であっても多数人に販売・頒布した本件行為は、わいせつ物頒布罪等を構成する。上告棄却。
実務上の射程
わいせつ物頒布罪における「公衆」概念を「不特定または多数」と解釈するリーディングケースである。答案上では、会員制組織やSNSの鍵付きアカウント等、特定の相手に送付する場合であっても、その人数が「多数」にのぼれば「頒布」にあたり得ると論じる際の根拠として用いる。
事件番号: 昭和34(あ)923 / 裁判年月日: 昭和34年10月29日 / 結論: 棄却
刑法第一七五条にいう「猥褻ノ物」とは、性欲を刺戟しもしくは興奮させまたはこれを満足せしむべき物品であつて、且つ普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するものをいう。
事件番号: 昭和43(あ)2409 / 裁判年月日: 昭和44年12月18日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】憲法21条の表現の自由および23条の学問の自由は絶対無制限ではなく、公共の福祉による制限を受ける。わいせつな文書を特定の会員に対し性科学の研究目的で配布する行為であっても、刑法175条のわいせつ物頒布罪の成立を妨げない。 第1 事案の概要:被告人は、いわゆるわいせつな文書や図画を、特定の会員のみを…
事件番号: 昭和29(あ)3592 / 裁判年月日: 昭和31年9月25日 / 結論: 棄却
刑法一七五条にいわゆる猥褻とは徒らに性慾を興奮又は刺戟せしめ、且つ、普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するものをいうこと当裁判所の判例(昭和二六年(れ)第一七二号同年五月一〇日第一小法廷判決、集五巻六号一〇二六頁参照)とするところであり、この判例を変更すべき理由を見ない。