刑法第九六条の公務員の施した差押の標示を損壊する故意ありとするには、差押の標示が公務員の施したものであること並びにこれを損壊することの認識あるを以て足り、差押の標示が法律上無効であると誤信してこれを損壊しても故意を阻却しない。
刑法第九六条の罪の故意
刑法96条,刑法38条
判旨
公務員が施した差押の標示を損壊する罪(刑法96条)の故意は、標示が公務員によるものであること及びそれを損壊することの認識があれば足りる。標示を法律上無効であると誤信したとしても、それは単なる法律の錯誤であり、犯罪の成立を妨げるものではない。
問題の所在(論点)
有効な差押の標示を法律上無効であると誤信して損壊した場合、刑法96条の構成要件的故意が阻却されるか、あるいは単なる法律の錯誤(刑法38条3項)にとどまるか。
規範
刑法96条の封印等破棄罪における故意が認められるためには、対象となる差押の標示等が「公務員の施したものであること」および「これを損壊すること」の認識があれば足りる。公務員によって法律上有効になされた差押の標示を、法律上無効であると誤信して損壊したとしても、それはいわゆる「法律の錯誤」にすぎず、構成要件的故意を阻却する事実の錯誤には当たらない。
重要事実
被告人は、函館市収税吏員によって法律上有効になされた滞納処分に基づく差押の標示を損壊した。被告人は長年執行吏として強制執行に従事していた経歴を有していたが、本件差押の標示を法律上無効であると誤信して行為に及んだ。原審は、この誤信にはやむを得ない事情があり、差押の標示を損壊する認識を欠いていた(犯意が阻却される)として無罪を言い渡したため、検察官が上告した。
あてはめ
本件における差押の標示は、収税吏員により有効になされたものである。被告人がこれを損壊する際、それが公務員の施した標示であると認識し、かつ損壊する認識があれば故意は成立する。被告人が「法律上無効である」と信じた点は、客観的事実の誤認ではなく、事実に対する法的評価の誤り(法律の錯誤)にすぎない。したがって、「差押の標示を損壊する認識」そのものを欠いたとはいえず、故意は阻却されない。また、被告人は事前に滞納税金の代納を申し出ており、これはむしろ差押を有効と認識していたことを推認させる事情といえる。
結論
被告人の誤信は法律の錯誤であって、故意を阻却しない。したがって、原審が犯意の欠如を理由に無罪とした判断には法令違反があり、破棄を免れない。
実務上の射程
故意の対象(事実の錯誤と法律の錯誤の区別)に関する古典的判例である。刑法38条3項が定める「法律を知らなかったとしても、罪を犯す意思がなかったとすることはできない」との原則を維持しており、公選法違反や行政取締法規の事案でも同様の論法が用いられる。答案上は、対象の公務所性・公務員性の認識がある限り、その効力の有無という法的評価に関する誤認は故意に影響しない旨を論じる際に参照する。
事件番号: 昭和38(あ)1604 / 裁判年月日: 昭和39年8月13日 / 結論: 棄却
一 被告人の所為をもつて刑法第九六条所定の「公務員の施した差押の標示を無効ならしめた罪」にあたるとした原判断は正当である。 二 (原判決の判断の要旨)執行吏が仮処分の執行として物の占有を自己に移し、その旨の標示をした上、現状不変更を条件として使用を許したときは、仮処分の執行を受けたものは、これを使用するについて、破損箇…