杉立木一一本が警察より仮還付せられたものであるから伐採してもよいと信じていたとしても、いやしくも右杉立木を執行吏の占有に移す旨の仮処分命令にもとずき掲示された公示札の趣旨を知悉し、現実に右杉立木が執行吏の占有中にあることを認識しながらこれを伐採、搬出した所為は、差押標示無効罪および窃盗罪に該当する。
法の不知と差押標示無効罪および窃盗罪の成立
刑法38条,刑法96条,刑法235条
判旨
執行吏の占有下にあることを認識しながら仮処分の公示に違反して立木を伐採・搬出した場合、警察から仮還付されたと誤信していても、それは違法性の認識の欠如に過ぎず、封印等破棄罪および窃盗罪の故意を妨げない。
問題の所在(論点)
執行吏の占有・公示があることを知りながら、公的機関による許可があると誤信して差押物件を処分した場合に、封印等破棄罪(現140条)および窃盗罪(235条)の故意が認められるか。
規範
構成要件に該当する客観的事実(公務員が実施した差押等の標示や、他人の占有・所有する財物であること)を認識している以上、当該行為を適法と誤認したとしても、それは単なる違法性の認識の欠如に過ぎず、故意(刑法38条1項)は阻却されない。
重要事実
被告人は、仮処分命令に基づき執行吏の占有下にあることを示す公示札が掲示された杉立木11本について、その事実を知悉しながら伐採・搬出した。被告人は、当該立木が警察から仮還付されたものであり、伐採してもよいとの意思表示がなされたものと誤信していた。
あてはめ
被告人は、公示札の趣旨を知悉し、本件立木が現実に執行吏の占有中であることを認識していた。この認識がある以上、差押標示を無効ならしめる意思および窃盗の意思(故意)は認められる。警察からの仮還付があったと誤認し、伐採が許されると信じた点は、事実の錯誤(客観的構成要件要素の認識欠如)ではなく、単に自己の行為が例外的に許容されると誤解した「違法性の認識」の問題に留まる。したがって、犯罪の成立を妨げるものではない。
結論
被告人に封印等破棄罪および窃盗罪の故意が認められ、有罪とする原判決は正当である。
実務上の射程
本判決は「事実の錯誤」と「法律の錯誤(違法性の錯誤)」の区別を示す典型例である。構成要件的要素(執行吏の占有等)を認識していれば、その後の法的評価や適法性の誤認は故意を阻却しないという理屈は、実務上、権利の存在を誤信して強行した自力救済等の事案において故意を認める際の有力な根拠となる。
事件番号: 昭和38(あ)1822 / 裁判年月日: 昭和39年8月28日 / 結論: 棄却
一 森林窃盗の犯人が伐採して森林内に放置していた伐採木を、仮処分決定の執行により執行吏が占有した後、右犯人がそのことを知りながら、さらにこれを自己の占有に移した場合には、森林窃盗のほか刑法第二三五条の窃盗罪が成立する。 二 申請人の錯誤により、地番を誤記して申請した仮処分決定にもとづき、目的物についてなされた差押の標示…