宅地に対する仮処分命令の被申請人である被告人が、右仮処分の存在を知りながら、仮処分命令の趣旨に反して擅に家屋を建築したとしても、行為当時右差押の標示が現存しない限り、刑法第九六条の「差押の標示」を損壊または無効ならしめたものに該当するものとはいい得ない。
犯行時における差押の標示の不存在と刑法第九六条の罪の不成立
刑法96条
判旨
差押標示侵害罪(刑法96条)は、公務員が施した「差押の標示」そのものを損壊・無効化する行為を罰するものであり、仮処分決定の趣旨に反する行為をしたとしても、行為時に標示が現存しなければ同罪は成立しない。
問題の所在(論点)
刑法96条(差押標示侵害罪)の客体である「差押の標示」の意義、および標示が現存しない状況で仮処分命令の趣旨に反する行為をした場合に同罪が成立するか。
規範
刑法96条所定の差押標示侵害罪の客体は、公務員が施した「差押の標示」そのものである。同罪が成立するためには、当該標示を損壊し、またはその他の方法をもって無効ならしめることを要する。したがって、差押の標示が行為当時現存しない限り、仮処分命令の内容に違反する行為があったとしても、同罪の構成要件には該当しない。
重要事実
被告人は、裁判所から土地の占有を解き執行吏に保管を命ずる旨、および建物の築造等の妨害行為を禁止する旨の仮処分決定を受けた。執行吏は右決定に基づき、その趣旨を公示する標示を設置した。しかし、被告人が当該土地に家屋を建築した際、その「差押の標示」は既に行為当時現存していなかった。検察官は、仮処分の存在を知りながらその趣旨に反して建築した行為が、差押標示侵害罪に当たると主張して上告した。
あてはめ
本件における仮処分決定の公示は、刑法96条にいう「差押の標示」に該当する。しかし、同罪は標示という物理的・記号的実態を侵害することを処罰の対象としている。本件では、被告人が家屋を建築した時点で既に「差押の標示」が現存していなかったのであるから、標示そのものを損壊し、または無効ならしめる行為が存在したとはいえない。仮処分命令という裁判の効力(命令の趣旨)に反したとしても、それは標示自体の侵害とは別異の事態である。
結論
差押標示侵害罪は成立しない。行為当時、差押の標示が現存しない以上、仮処分命令の趣旨に反する行為があっても同罪の構成要件に該当しないため、上告を棄却すべきである。
実務上の射程
公務員職務執行妨害罪の類型において、客体である「標示」の物理的存在を重視する立場を鮮明にしている。答案上では、裁判の効力違反と標示侵害を峻別し、罪刑法定主義の観点から客体の現存性を厳格に要求する際の根拠として活用できる。
事件番号: 昭和33(あ)1859 / 裁判年月日: 昭和36年10月6日 / 結論: 棄却
店舗を含む建物について、これを執行吏の保管に移すとともに、その現状を変更しないことを条件として被申請人の使用を許す旨の仮処分命令が執行され、かつ、該建物の占有が執行吏に移つたことを明らかにする公示書が存在する場合、右差押の事実を知りながら被申請人と共謀の上執行吏に無断で右建物の現状を変更する程度に店舗の改装を実施した所…