一 建物について執行吏の占有保管に移す旨の仮処分の執行がなされ執行吏の公示書には「本件建物は仮処分申請事件につき仮処分の執行をした、何人も該建物を処分し又は此の公示書を破棄してはならない」旨掲記され、右仮処分の執行に際し、執行吏は被申請人に対し右仮処分の要旨を示した上、本件仮処分の物件は執行吏の占有に移つたからこれを処分してはならない旨諭告した場合、被告人が右差押の事実を知りながら被申請人と共謀の上右建物を他人に賃貸し占有せしめた所為は刑法第九六条所定の差押の標示を無効ならしめた罪にあたる。 (裁判官池田克の補足意見) 二 刑法第九六条が公務妨害の章中に規定されていること、従つて、その保護しようとする法益が公務であること、及びいわゆる「標示」が同条の罪の構成要件要素として規定されていること等を考えあわせるとその保護さるべき公務は、単に公務員が物を自己の占有に移す強制処分に限らるべきではなく、ひろく、法令にもとずいて行われる強制処分を含むものと解するを相当とする。してみると、本件において、所論仮処分の「公示書」には、所論のように、仮処分の執行によつて本件店舗の占有を執行吏に移したことが明白にされてはいないけれども、右店舗は執行吏において仮処分の執行をしたこと、及び何人もこれを処分してはならないことを標示したものであることは、第一審判決挙示の証拠上明らかであり、その意味において強制処分の標示として欠けるところはない。
刑法第九六条にいう差押の標示を無効ならしめた場合にあたる事例
刑法96条,裁判所法11条
判旨
刑法96条(当時の封印等破棄罪)にいう「差押え」には、執行吏が強制力をもって物件を自己の占有に移す「仮処分」の執行も含まれる。また、仮処分の対象物件を第三者に賃貸し占有・使用させる行為は、差押えの標示を無効にする行為に該当する。
問題の所在(論点)
民事上の「仮処分の執行」が刑法96条(現96条1項)の「差押え」に含まれるか。また、仮処分物件を第三者に賃貸して占有させる行為が「差押えの標示を無効ならしめた」といえるか。
規範
刑法96条の「差押え」とは、法令において特に差押えと称されているものに限らず、公務員がその職務上、強制力をもって物を自己の占有に移す強制処分を広く含む。また、同条の「無効」にする行為とは、損壊や剥離に限らず、標示による禁止の効力を事実上失わせる行為をいう。
重要事実
被告人は、執行吏が仮処分決定に基づき占有保管し、「何人も該建物を処分し又は此の公示書を破棄してはならない」旨の公示書を掲記した建物について、差押えの事実を知りながら、第三者Bに賃貸した。さらにBをして建物内部を改装させ、ゲーム営業を開始させて占有を取得させた。
あてはめ
本件仮処分の執行は、執行吏が物件を占有保管に移す強制処分であり、実質的に「差押え」と同視できる。被告人は、当該物件が執行吏の占有下にあり処分禁止の公示がなされていることを認識しながら、あえてこれを第三者に賃貸し、改装・営業を行わせて占有を移転させた。この行為は、公示書が掲げる処分禁止の効力を事実上侵害し、標示による公務上の制約を実質的に失わせるものであるため、「無効ならしめた」と評価できる。
結論
被告人の所為は刑法96条(封印等破棄罪、現・強制執行妨害目的等封印等破棄罪の構成部分)に該当する。
実務上の射程
現行刑法96条1項の「差押え」の概念が、民事執行法上の差押えに限定されず、保全処分としての仮処分等も含む広義の概念であることを示す。事実上の占有移転による効力侵害を「無効」に含める実務上の確立した判断枠組みとして活用できる。
事件番号: 昭和29(あ)1480 / 裁判年月日: 昭和29年11月9日 / 結論: 破棄差戻
刑法第九六条にいわゆる「差押ノ標示ヲ損壊シ」または「無効タラシメタ」ものとして、同条所定の犯罪が成立するためには、有効な差押の標示の存在を前提とするものであることはいうまでもないところであるから、本件差押の標示が被告人の在監中にその長男Aにより既に剥離損壊され、差押の標示としての効用を滅却されるに至つたものとすれば、そ…