一 刑法第九六条ノ二の「強制執行ヲ免ルル目約ヲ以テ」というためには、現実に強制執行を受けるおそれのある客観的な状態の下において、強制執行を免れる目的あることを要する。 二 執行名義が存在せず、単に債権者が債権の履行請求訴訟を提起したという場合に、同条の罪が成立するためには、行為の当時における基本たる債権の存在が肯定されなければならない。
一 刑法第九六条ノ二の「強制執行ヲ免ルル目約ヲ以テ」の意義 二 執行名義の存在しない場合に同条の罪が成立するためには基本債権の存在することが必要か
刑法96条ノ2
判旨
強制執行妨害目的罪(現:強制執行妨害目的財産損壊等罪)の成立には、単に強制執行を免れる主観的意図があるだけでは足りず、客観的に債権が存在し、強制執行を受けるおそれのある客観的状態が存在することが必要である。刑事訴訟の審理過程で基本となる債権の存在が否定された場合、同罪は成立しない。
問題の所在(論点)
強制執行妨害目的罪の成立において、強制執行の前提となる「債権」が客観的に存在しない場合であっても、強制執行を免れる主観的目的があれば足りるか。また、同罪の成立に「債権の存在」という客観的要素が必要か。
規範
刑法96条の2(当時)は国家行為としての強制執行の適正を担保する趣旨を含むが、主眼は債権者の債権保護にある。そのため、「強制執行を免れる目的」とは、単なる主観的認識や意図では足りず、客観的にその目的実現の可能性(強制執行を受けるおそれのある客観的状態)が存在することを要する。具体的には、刑事訴訟の審理過程において、強制執行の基本となる債権の存在が肯定されなければならず、債権が否定されるときは、保護法益を欠くため同罪は成立しない。
重要事実
被告人は、義弟の貸金債務の連帯保証人として訴訟を提起され、訴状を受領した。被告人は、当該債務に基づく強制執行を免れる目的で、妻と共謀して所有不動産を長女名義に仮装譲渡した。しかし、その後の民事訴訟において、当該連帯保証は妻が無断で被告人の実印を押捺したものであり、被告人には保証債務が存在しないことが確定判決により認められた。
事件番号: 昭和35(あ)31 / 裁判年月日: 昭和35年4月28日 / 結論: 棄却
刑法第九六条ノ二の犯罪の成立には、仮差押、仮処分その他の強制執行を免れる目的あるをもつて足り、その失効の全部または一部の行われたことを要するものでない。
あてはめ
本件において、被告人は強制執行を免れる意図を持って仮装譲渡を行っているが、強制執行の前提となる保証債務自体が客観的に存在しないことが民事確定判決および記録上明らかである。強制執行は債権実行の手段であり、その基本となる債権が否定される以上、本罪の主眼である債権者保護の必要性はなく、強制執行を受けるおそれのある客観的状態にあったとはいえない。したがって、刑事審理において債権の存在が肯定されない以上、本罪の成立を認めることはできない。
結論
本件保証債務の存在が否定される以上、強制執行妨害目的罪は成立しない。債権の存在を前提に有罪とした原判決には事実誤認の疑いがあり、破棄・差戻しを免れない。
実務上の射程
本判決は、強制執行妨害目的罪(現:刑法96条の2第1項)を「財産犯」的側面から捉え、客観的な債権の存在を成立要件とした点に重要性がある。答案上、強制執行を免れる目的の判断においては、単なる主観のみならず「強制執行を受けるおそれのある客観的状態」の有無を検討すべきであり、特に被疑債権の存否が争われている事案では本判例のロジックが直接の射程となる。
事件番号: 昭和47(あ)416 / 裁判年月日: 昭和48年6月26日 / 結論: 破棄差戻
【結論(判旨の要点)】強制執行を免れる目的での不動産仮装譲渡等の罪の成否において、前提となる債務の発生原因(手形振出等)への関与が否定される場合、事実誤認の疑いがある。このような重大な事実誤認を放置して有罪とすることは、刑訴法411条3号の「著しく正義に反する」ものとして破棄事由となる。 第1 事案の概要:被告人は、山…
事件番号: 昭和36(あ)2902 / 裁判年月日: 昭和39年3月31日 / 結論: 棄却
架空の金銭債権を記載した公正証書に基づく有体動産の仮装の競売手続により、債務者の所有物件があたかも名義上の競落人の所有に帰したかの如く偽つた行為(原判文参照)は、右財産の所有関係を不明にするものであつて、刑法第九六条ノ二にいわゆる財産の隠匿にあたる。
事件番号: 昭和27(あ)5607 / 裁判年月日: 昭和28年3月11日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】詐欺罪(刑法246条)の成立において、欺罔行為と財産的処分の間の因果関係は、被害者が被告人の虚偽の申し入れを真実であると信頼し、その信頼があったからこそ財産的処分(金融)に応じたという関係が認められれば足りる。 第1 事案の概要:被告人は、C生命保険相互会社に対し、融資を申し入れるに際し、Dがその…