一 駅長その他の鉄道従業員は、単に列車の運転取扱に関する特別の規定を守るだけでその義務を常につくしたものということはできず、いやしくも列車の運転に関して危険の発生を防止するに可能なかぎり一切の注意義務をつくさなければならない。 二 タブレツト閉そく方式の施行されている閉そく区間の甲、乙両駅間の線路故障のため、両駅各当務助役の協議により両駅からそれぞれ線路故障現場附近まで指導式により列車の折返し運転を行うべき場合において、これより先既に右故障現場附近に停止中の列車があり、同列車にタブレツトなく且つ列車運転取扱心得所定の防護措置が実施されていないときは、両駅各当務助役は、右停止中の列車が移動することのない明確な事実を確認するかまたはその移動を不能ならしめる的確有効な措置を講じて折返し運転列車の運転予定およびその連絡方法等を具体的に打合せるべき注意義務がある。 三 閉そく区間においてタブレツトおよび指導者のない列車に乗務する車掌は、発車に際し衝突等の危険が濃厚であることを察知したときは、運転士に対し発車合図をすることを避止する等列車の発車を抑止すべき注意義務がある。
一 列車の運転取扱に関する特別の規定と鉄道従業員の注意義務 二 折返し運転を行うべき閉そく区間内に、タブレツトなく且つ所定の防護を実施していない列車が停止している場合における関係駅当務助役の注意義務 三 閉そく区間においてタブレツトおよび指導者のない列車に乗務する車掌の注意義務
刑法211条
判旨
鉄道従業員等の業務者は、単に列車の運転取扱に関する特別の規定(運転取扱心得等)を遵守するのみならず、列車の運転に関して危険の発生を防止するために可能な限り一切の注意義務を尽くすべきである。
問題の所在(論点)
鉄道業務従事者において、内部規定(運転取扱心得等)を遵守していれば、刑法211条の「業務上必要な注意」を尽くしたものとして過失が否定されるか。
規範
業務上の注意義務の内容は、単に法令や内部規則等の特別の規定を遵守することに止まらない。業務の性質上、生命・身体に危険を及ぼすおそれがある場合には、その具体的状況下において、危険の発生を防止するために客観的に可能な限り一切の注意を払うべき義務を負う。
重要事実
被告人AおよびBは、西日本鉄道または日本国有鉄道の駅長その他の鉄道従業員として勤務していた。列車の運転業務に従事中、列車衝突事故が発生。被告人らは、当時の運転取扱心得等の規定を形式的に守っていれば注意義務を果たしたことになり、業務上過失致死傷罪(刑法211条前段)は成立しないと主張して上告した。
あてはめ
鉄道の運転は多数の乗客の生命・身体に関わる高度な危険を伴う業務である。本件列車衝突事故発生のいきさつとして判示された具体的な状況下では、単に規定をなぞるだけでは不十分であり、事故回避のために可能な限りの措置を講じる余地があったと解される。したがって、具体的状況に応じた回避措置を怠った以上、内部規定の遵守の有無にかかわらず、業務上必要な注意を怠った過失があるといえる。
結論
被告人らには業務上過失致死傷罪が成立する。内部規定の遵守のみをもって注意義務を尽くしたとはいえず、実質的な危険防止義務を怠った過失が認められる。
実務上の射程
法令やマニュアル等の内部規定を遵守していても、それだけで直ちに過失が否定されるわけではないという「実質的過失論」を明確にした。答案では、業務上の注意義務を論じる際、形式的な規定遵守を理由に過失を否定する反論を封じるための規範として活用できる。
事件番号: 昭和29(あ)3470 / 裁判年月日: 昭和31年11月20日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】業務上の注意義務に違反して事故を起こした被告人に対し、具体的な過失の存在を認めた原審の判断を正当として上告を棄却したものである。 第1 事案の概要:被告人が業務中に事故を起こした事案。原審は被告人に業務上の過失があったと認定したが、弁護人は事実誤認および法令違反を理由として上告を申し立てた。なお、…