被告人の犯行完成の意力を抑圧した原因が、本件のように、犯罪の完成を妨害するに足る性質の障がいに基くものと認められる場合は、いわゆる中止未遂ではなく、障がい未遂にあたると解するを相当とする。
障がい未遂と認むべき一事例
刑法43条但書,刑法203条
判旨
殺害の実行に着手した後、予期せぬ被害者の流血痛苦の惨状に驚愕恐怖して殺害行為を断念した場合は、刑法43条但書の「自己の意思により」犯罪を中止したとは認められず、障害未遂にとどまる。
問題の所在(論点)
実行に着手した後、被害者の悲惨な状況を目の当たりにして驚愕し、殺害を断念した場合、刑法43条但書の「自己の意思により」犯罪を中止したものと認められるか。
規範
刑法43条但書にいう「自己の意思により」犯罪を中止した(中止未遂)といえるためには、犯行完遂を妨げる外部的障害が存在せず、犯人の自由な意思決定に基づき行為を中止したことを要する。予期せぬ事態への驚愕恐怖によって殺意の実行意力が抑圧された場合や、犯行発覚を恐れて偽装工作に及ぶような状況下での断念は、犯罪の完成を妨害するに足りる性質の障害に基づくものと解すべきである。
重要事実
被告人は借金苦から心中を決意し、就寝中の実母の頭部をバットで強打した。一撃で死亡したと考え隣室へ移動したが、母のうめき声を聞き戻ったところ、母が流血し痛苦する姿を目撃した。被告人はこの予期せぬ惨状に驚愕恐怖し、殺害の継続が不可能となった。その後、被告人は外部からの侵入者の犯行を装うため、便所の戸を開けるなどの偽装工作を行っていた。
あてはめ
被告人は「母を痛苦させずに殺害する」という当初の意図に反し、流血痛苦する母の姿という予期せぬ事態に直面した。これにより「事の重大性に驚愕恐怖」し、実行完遂の意力を抑圧されたといえる。また、行為中止後に外部侵入者の犯行に見せかける偽装工作に及んでいる事実に照らせば、被告人の断念は良心の回復や悔悟による自発的なものとは認め難い。したがって、本件の断念は犯罪の完成を妨げる外部的事由に準ずる障害に基づくものと評価される。
結論
被告人の行為は中止未遂には当たらず、障害未遂となる。
実務上の射程
中止未遂の「自己の意思」(任意性)の判断において、客観的な障害の有無だけでなく、犯人の主観的な心理状態(驚愕・恐怖)が「実行意力の抑圧」を招いたかどうかを重視する枠組みを示す。特に心中事案等の特殊的動機があっても、事後的な隠蔽工作等の事実は任意性を否定する強力な徴表となる。
事件番号: 昭和30(あ)4004 / 裁判年月日: 昭和31年6月12日 / 結論: 棄却
妻を殺害したのと同一機会に、殺意をもつて妻の母にも加害したがその目的を遂げなかつた所為は、尊属殺人未遂罪にあたる。
事件番号: 昭和26(れ)1087 / 裁判年月日: 昭和26年9月18日 / 結論: 棄却
論旨摘録にかかる原審公判廷における被告にAの供述によれば同人が犯行の半ばB方を逃げだしたのは、Bの女房に騒がれたためか、B本人が抵抗したためか、或は同人が抵抗しなくなつたことから被告人が恐ろしくなつたためであるか、何れとも認め得られるのであるが、いずれにしても本件の場合が障碍未遂であつて中止未遂でないことは疑ない。そし…