司法警察員が刑訴二〇三条に基き被疑者に対し被疑事実の要旨および弁護人を選任し得る旨を告げ、被疑者がこれに対する供述をしたので、その旨を記載した弁解録取書原本を執筆し、これを読み聞かせ誤の有無を問うたところ被疑者が黙秘したため、司法警察員がその旨の文言の一部を末尾に記載した場合においては、いまだ被疑者および司法警察員の署名押印がなくても、右弁解録取書は、刑法第二五八条にいわゆる「公務所ノ用ニ供スル文書」と解すべきである。
一 未完成の弁解録取書は刑法第二五八条の「公務所ノ用ニ供スル文書」にあたるか 二 公文書毀棄罪の成立する一事例
刑法258条,刑訴法203条,刑訴規則58条
判旨
司法警察員が作成中の弁解録取書は、署名押印が未了であっても公務所で使用されるべき性質を有する以上、刑法258条の公用文書に該当する。また、文書を丸めて床に投げ捨てる行為は、その効用を喪失させるものとして同条の「毀棄」に当たる。
問題の所在(論点)
作成途中で署名押印のない弁解録取書が、刑法258条の「公務所の用に供する文書」に該当するか。また、文書を丸めて床に投げ捨てる行為が「毀棄」に該当するか。
規範
1. 刑法258条にいう「公務所の用に供する文書」とは、公務所において公務上の目的で使用される文書を指し、作成過程にあって署名押印等の完成形式を備えていない状態であっても、その内容や目的から公用性が認められる限り、これに該当する。 2. 「毀棄」とは、文書の効用を喪失させる一切の行為をいい、必ずしも物理的な滅失や損壊を要せず、その文書を本来の目的に従って利用することを著しく困難にする行為を含む。
重要事実
被告人は窃盗等の被疑事実で逮捕され、警察局公安部において、司法警察員から刑事訴訟法203条に基づく手続を受けた。司法警察員が被告人の供述に基づき弁解録取書を作成し、これを読み聞かせて内容の誤りの有無を問い、被告人が黙秘した旨を末尾に追記していた際、被告人は当該文書を奪い取った。被告人はこれを両手で丸めてしわくちゃにした上、床上に投げ捨てた。当時、当該文書にはまだ被告人及び司法警察員の署名押印はなされていなかった。
事件番号: 昭和51(あ)1202 / 裁判年月日: 昭和52年7月14日 / 結論: 破棄自判
公務員が公務所の作用として職務権限に基づいて作成中の文書は、それが文書としての意味、内容を備えるに至つた以上、刑法二五八条にいう「公務所ノ用ニ供スル文書」にあたる。
あてはめ
1. 弁解録取書は、司法警察員が刑事訴訟法上の職務として作成するものであり、記載内容を確認させ追記を行っている段階において、既に公務所である警察局の公務に供されるべき性質を有している。したがって、署名押印が未了であっても「公務所の用に供する文書」といえる。 2. 被告人が文書を両手で丸めてしわくちゃにし、床上に投げ捨てた行為は、文書の物理的な状態を著しく損なうものである。これにより、公用文書としての体裁や可読性、証拠としての価値を毀損し、本来の用途に供することを困難にしたといえるため、「毀棄」に該当する。
結論
被告人の行為には公用文書等毀棄罪(刑法258条)が成立する。
実務上の射程
作成途中の公文書の保護範囲を画定した判例である。署名押印という完成形式を重視する文書偽造罪の成否とは異なり、毀棄罪においては「公務上の利用価値」という実質面から客体性が判断される点に注意を要する。また、毀棄の概念について、損壊に至らない態様であっても効用喪失があれば足りるとする解釈の基礎となる。
事件番号: 昭和28(あ)4829 / 裁判年月日: 昭和30年10月18日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】検察庁で現に捜査中の刑事事件に関する記録は、公務所が保管する文書に該当し、刑法258条の公用文書等毀棄罪の客体となる。また、判決書における公務所の名称の軽微な誤記は、判文全体の趣旨から明らかであれば、直ちに判決に影響を及ぼす違法とはならない。 第1 事案の概要:被告人は、神戸地方検察庁の検察官が捜…
事件番号: 昭和42(あ)2694 / 裁判年月日: 昭和43年5月15日 / 結論: 棄却
司法警察員が被疑者の供述を録取した調書は、いまだ被疑者および司法警察員の署名押印がなくても、刑法第二五八条にいう公務所の用に供する文書にあたるものと解すべきである。
事件番号: 昭和37(あ)1191 / 裁判年月日: 昭和38年12月24日 / 結論: 破棄自判
一 刑法第二五八条にいう「公務所ノ用ニ供スル文書」とは、公務所において現に使用し又は使用に供する目的で保管している文書を総称しその文書が証明の用に供せられるべき性質を有することを要するものではない。 二 日本国有鉄道の駅職員が列車の遅延、運転中止を告げ、これを詫びる旨白墨で記載して駅待合室に提示した急告板を勝手に取りは…