一 自白が任意になされたかどうかについての合理的な疑の存否につき、何れとも決し難いときは、これを被告人の不利益に判断すべきではない。 二 被疑者に対する糧食差入禁止の事実を認め、しかもその糧食差入禁止の期間と自白の時日との関係上、外形的には糧食差入禁止と自白との間に因果の関係を推測させ、少くともその疑ある事実であるにかかわらず、原判決が「単に糧食差入禁止の事実のみを理由として直ちにその間またはその後に作成せられた供述調書の証拠能力、証明力を否定することはできない」と断じ、何等特段の事由を説示することなく「記録に徴しまた当審における事実取調の結果に照しても右調書の証拠能力、証明力を否定するに足るべき状況は発見できない」という理由のみで、右自白の任意性、信用性を争う主張を排斥した判断は、審理不尽、理由不備の違法があり刑訴第四一一条第一号により破棄を免れない。
一 自白の任意性に関する立証責任 二 刑訴法第四一一条第一号にあたる一事例。−勾留中の被疑者に対する糧食差入禁止とその間またはその後に作成された自白調書の証拠能力−
刑訴法319条,刑訴法318条,刑訴法322条,刑訴法81条,刑訴法207条,刑訴法411条1号
判旨
勾留中の被疑者に対する糧食差入れの禁止は、法(刑訴法81条等)が禁じる違法な措置である。このような違法な措置の期間中またはその後になされた自白について、外形的に因果関係が疑われる場合には、その理由や自白との因果関係を十分に審究せずに証拠能力を認めることは審理不尽・理由不備として許されない。
問題の所在(論点)
勾留中の被疑者に対する糧食差入れ禁止という違法な措置が行われた場合において、その期間中またはその後になされた自白につき、任意性に疑いがあるとして証拠能力を否定すべきか。また、裁判所が証拠能力を認めるにあたり、どの程度の審究が求められるか。
規範
自白の証拠能力(刑訴法319条1項)は、強制、拷問、脅迫、長期拘禁によるものはもとより、任意になされたものでないことに合理的な疑いがあるものについても否定される。この合理的疑いの存否が不明なときは被告人の不利益に判断すべきではない。また、被疑者への糧食授受の禁止は法の禁ずるところ(刑訴法81条、207条)であり、かかる違法な措置と自白との間に外形的な因果関係が推測される場合には、その禁止の経緯や自白との因果関係、任意性に関する疑いの存否について、特段の事由がない限り慎重に審究しなければならない。
重要事実
被告人は放火の疑いで逮捕・勾留されたが、勾留中の約1週間にわたり、警察において外部からの糧食差入れが禁止された。被告人はこの禁止期間中およびその直後に、司法警察員に対して犯行を認める自白調書を作成した。原審は、糧食差入れ禁止の事実は認めたものの、「そのことだけを理由に直ちに証拠能力を否定できない」とし、具体的な因果関係や任意性の疑いについて詳細に考究することなく、当該自白調書の証拠能力を肯定して一審の有罪判決を維持した。
あてはめ
本件では、刑訴法が明文で禁じている糧食差入れの禁止が、警察という密室的な状況下で行われていた。さらに、その禁止期間と自白の時期が重なっており、外形的には糧食差入れ禁止という心理的・肉体的苦痛が自白を導いたという因果関係を強く推測させる。このような「任意性に疑いのある事案」においては、単に「直ちに否定できない」と断じるのではなく、なぜ禁止措置がとられたのか、その措置が自白にどのような影響を及ぼしたのかを具体的に検討すべきである。原審は、これら因果関係の存否について何ら特段の事由を説示しておらず、審理不尽といわざるを得ない。
結論
自白の任意性に合理的な疑いがあるにもかかわらず、その因果関係を十分に審究せず証拠能力を認めた原判決には、審理不尽・理由不備の違法がある。よって原判決を破棄し、差し戻す。
実務上の射程
自白の任意性(刑訴法319条1項)の判断において、虚偽排除説だけでなく人権擁護・違法排除の観点も重視する姿勢を示す。取調べ状況に「糧食差入れ禁止」のような具体的違法がある場合、検察官は因果関係の不存在(任意性)を合理的な疑いを差し挟まない程度に立証する必要があり、裁判所には厳格な審究が求められることを示した射程の長い判例である。
事件番号: 昭和30(あ)1068 / 裁判年月日: 昭和30年7月22日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】被告人の自白が拷問によるものと認められない場合には、憲法38条2項に反する自白の証拠能力の否定や憲法違反の主張は、その前提を欠き採用し得ない。 第1 事案の概要:被告人が行った自白について、弁護人は拷問によるものであるとして憲法違反を主張したが、原審は当該自白が拷問によるものとは認められないと判断…
事件番号: 昭和55(あ)578 / 裁判年月日: 昭和55年7月14日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】被告人の取調べ過程において、供述の任意性に影響を及ぼすような違法または不当な事由が認められない場合には、当該自白調書の証拠能力は否定されない。 第1 事案の概要:被告人の供述調書(自白調書)の証拠能力が争点となった事案である。弁護人は、憲法33条、36条、38条1項・2項に違反するような違法・不当…