一 論旨は、原判決は被告人の所為について期待可能性がないとしてその刑事責任を否定したのであるが、その根拠としてはただ漫然条理上責任を阻却するというに止まり、何故期待可能性なき場合には刑事責任が排斥されるかを成文との繋りにおいて明示してその法的根拠を充分に説示していないから、結局裁判に理由を附せず又は判決に示すべき判断を遺脱した違法があると主張する。しかし期待可能性の不存在を理由として刑事責任を否定する理論は、刑法上の明文に基くものではなく、いわゆる超法規的責任阻却事由と解すべきものである。従つて、原判決がその法文上の根拠を示すことなく、その根拠を条理に求めたことは、その理論の当否は別としても、なんら所論のような違法があるものとはいえない。 二 炭坑労働組合が同盟罷業中一部組合員が罷業から脱退して会社の出炭運搬業務に従事し石炭を積載した炭車を連結したガソリン車の運転を開始した際、組合婦人部長たる被告人が、右一部組合員の就業は経営者側との不純な動機に出たもので罷業を妨害する裏切行為であり、これにより罷業が目的を達成し得なくなると考え、既に多数婦人組合員等がガソリン車の前方線路上に立ち塞がり、座り込みまたは横臥してその進行を阻止していたところに参加して「ここを通るなら自分たちを轢き殺して通れ」と怒号して就業組合員等のガソリン車の運転を妨害した行為は、未だ違法に刑法第二三四条にいう「威力を用い人の業務を妨害したる者」というに足りない。 (裁判官垂水克己の補足意見)本件所為は、いまだ違法に刑法第二三四条にいう威力を用いて人の業務を妨害したものということができないと考えられる。その主な理由は、右所為は同盟罷業中の組合員が同じ事業場の仲間組合員に対してしたものであり、かつ、被告人の軌道上に赴いてからの右所為は極めて短時分の間に行われたという原判決の認定と解することができ、結局軽微のものとみられるからである。
一 期待可能性の不存在を理由として刑事責任を否定する場合、法文上の根拠を示すことを要するか 二 いわゆるピケツテイングが威力業務妨害罪にあたらない一事例
刑訴法44条,刑法234条,刑法35条,労働組合法1条,裁判所法11条
判旨
労働組合による争議行為としての威力業務妨害の成否につき、組合員による脱退者の就業阻止行為が直ちに違法となるわけではなく、諸般の事情を考慮して慎重に判断すべきとした上で、実質的違法性が欠ける場合には罪責を負わないとした。
問題の所在(論点)
組合による争議行為中、組合員の離脱・就業を阻止するために行われた「座り込み」および「怒号」による業務妨害行為が、刑法234条の「威力」を用いた業務妨害罪として違法性を有するか。
規範
労働組合が正当な争議行為を実施中、一部組合員が離脱して就業した場合、これに対し平和的説得以外の暴行、脅迫、威力をもって就業を中止させることは一般に違法である。しかし、当該行為の違法性の有無は、正当な争議行為に際して行われたものである場合には、目的の正当性や手段の相当性、行為の態様、経緯等の諸般の状況を考慮して慎重に判断されるべきであり、その程度が社会通念上許容される範囲内であれば、刑法上の違法性を欠く。
重要事実
被告人は、劣悪な労働環境の改善を求めて罷業中の炭鉱労働組合の婦人部長であった。罷業中、元組合長らが新組織を結成し、裏切り行為として石炭輸送を強行しようとした際、現場に居合わせた被告人は、既に線路上に座り込んでいた他の組合員らに合流。指揮に従い「自分たちを轢き殺して通れ」と怒号してガソリン車の進行を阻止し、石炭輸送を断念させた。被告人は労働運動の経験が乏しく、本件罷業でも指導的役割は担っていなかった。
あてはめ
本件行為は、劣悪な労働条件改善という正当な目的による罷業の最中、組合の結束を乱す就業行為を阻止しようとした同組合内部の出来事である。被告人は、既に多数の組合員が阻止行動を開始している場に後から参加したに過ぎず、その態様も線路上への座り込みと怒号という、直接的な暴行を伴わないものに止まる。このような経緯と態様に照らせば、被告人の所為は、いまだ威力業務妨害罪として処罰するに足りる実質的違法性を備えているとは認められない。
結論
被告人の行為は実質的違法性を欠き、威力業務妨害罪は成立しない。原判決が無罪とした結論は正当である。
実務上の射程
本判決は、期待可能性の理論(超法規的責任阻却事由)の存在は認めつつも、結論としては構成要件ないし違法性の段階で罪責を否定した。労働争議に伴う不可避的な実力行使について、形式的には「威力」に該当し得ても、争議の文脈において実質的違法性が阻却される余地を示した事例として活用できる。
事件番号: 昭和42(あ)1373 / 裁判年月日: 昭和45年6月23日 / 結論: 棄却
札幌市役所関係労働組合連合会所属の被告人らが、他の約四〇名とともに、車庫内において市電の前に立ちふさがり、その出庫を阻止して業務を妨害した場合においても、その行為が、市当局の長期間にわたる不当な団体交渉の拒否等に対処し、団体交渉における労使の実質的対等を確保するため、やむなくなされた市電等への乗務拒否を主眼とする同盟罷…