鉄道トンネル内における電力ケーブル接続工事に際し、施工資格を有してその工事に当たった者が、ケーブルに特別高圧電流が流れる場合に発生する誘起電流を接地するための接地銅板を接続器に取り付けることを怠ったため、誘起電流が大地に流されずに、接続器本体の半導電層部に流れて炭化導電路を形成し、長期間にわたり同部分に集中して流れ続けたことにより、火災が発生したという事実関係の下においては、右の者は、炭化導電路の形成という経過を具体的に予見することができなかったとしても、火災発生を予見することができたものというべきである。
鉄道トンネル内における電力ケーブルの接続工事を施工した業者につきトンネル内での火災発生の予見可能性が認められた事例
刑法117条の2,刑法211条
判旨
業務上過失致死傷罪における予見可能性の対象は、結果発生に至る詳細な経過(炭化導電路の形成等)を具体的に予見できる必要はなく、基本的事態(電流の異常流入による火災発生の可能性)が予見可能であれば足りる。
問題の所在(論点)
業務上過失致死傷罪(刑法211条)の過失を基礎付ける「予見可能性」の対象として、火災発生に至る具体的な経過(炭化導電路の形成等)まで認識・予見できる必要があるか。
規範
過失の成立要件としての予見可能性の対象は、結果発生に至る因果関係の全過程を具体的に予見できることまでを要しない。行為者が、当該行為から当該結果が発生するに至る経過の主要な部分を認識し、結果発生の可能性を予見し得れば足りる。
重要事実
鉄道トンネル内の電力ケーブル接続工事において、施工資格を有する被告人が、誘起電流を接地するための接地銅板の取り付けを怠った。その結果、電流が本来流れるべきでない半導電層部に流れ続けて炭化導電路が形成され、長期間の通電を経て火災が発生した。被告人は、炭化導電路が形成されるという特殊な経過までは予見していなかった。
事件番号: 昭和58(あ)829 / 裁判年月日: 昭和60年10月21日 / 結論: 棄却
一 刑法一一七条の二にいう業務とは、職務として火気の安全に配慮すべき社会生活上の地位をいう。 二 刑法二一一条にいう業務には、人の生命・身体の危険を防止することを義務内容とする業務も含まれる。 三 ウレタンフオームの加工販売業を営む会社の工場部門の責任者として、易燃物であるウレタンフオームを管理するうえで当然に伴う火災…
あてはめ
被告人は接地銅板の設置を怠っており、それによって誘起電流が大地に流されず、本来流れるべきでない部分に流れ続けるという事態は認識可能であった。このような異常な電流の滞留が長期間続けば、最終的に火災が発生し得るという基本的事態の予見は可能であったといえる。炭化導電路の形成という具体的な物理的経過を予見できなかったとしても、過失を認めるに足りる予見可能性は存したと評価される。
結論
被告人に火災発生の予見可能性を認めた原判決の判断は正当であり、業務上過失致死傷罪が成立する。
実務上の射程
因果関係の経過が複雑・長期的な事案において、予見可能性の対象をどの程度抽象化すべきかの指針となる。過失犯の答案では、結果発生の『可能性』と『基本的事態』の予見可能性を論じる際に、本判例の考え方を踏まえてあてはめを行うべきである。
事件番号: 昭和55(あ)2171 / 裁判年月日: 昭和57年11月8日 / 結論: 棄却
路上の車からA重油を店舗内に給油するに際し、店舗外壁に設けられた給油口を開弁せずにコンプレツサーを作動させたため、給油口に連結したビニールホースが裂け、二リツトル程度のA重油が霧状となつて飛散し、たまたま店舗内で燃焼中の暖房用ストーブに降りかかつて引火し、店舗等が火炎により焼燬したという本件事実関係(原判文参照)のもと…
事件番号: 昭和53(あ)989 / 裁判年月日: 昭和54年11月19日 / 結論: 棄却
木製ベンチ部分の下部に電熱炉を据えつける方式の組立式サウナ風呂を開発・製作した者が、その構造につき耐火性を検討・確保しなかつたため、右サウナ風呂を継続使用した浴場内において、右木製ベンチを長期間にわたる電熱炉の加熱により漸次炭化させて火災を発生させた場合には、業務上失火罪が成立する。