一 文書のわいせつ性の判断にあたつては、当該文書の性に関する露骨で詳細な描写叙述の程度とその手法、右描写叙述の文書全体に占める比重、文書に表現された思想等と右描写叙述との関連性、文書の構成や展開、さらには芸術性・思想性等による性的刺激の緩和の程度、これらの観点から該文書を全体としてみたときに、主として、読者の好色的興味にうつたえるものと認められるか否かなどの諸点を検討することが必要であり、これらの事情を総合し、その時代の社会通念に照らして、それが「徒らに性欲を興奮又は刺激せしめ、かつ、普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するもの」といえるか否かを決すべきである。 二 男女の性的交渉の情景を扇情的筆致で露骨、詳細かつ具体的に描写した部分が量的質的に文書の中枢を占めており、その構成や展開、さらには文芸的、思想的価値などを考慮に容れても、主として読者の好色的興味にうつたえるものと認められる本件「四畳半襖の下張」は、刑法一七五条にいう「猥褻ノ文書」にあたる。
一 文書のわいせつ性の判断方法 二 刑法一七五条にいう「猥褻ノ文書」にあたるとされた事例
刑法175条
判旨
刑法175条にいう「わいせつの文書」の判断にあたっては、性描写の程度や文書全体における比重、芸術性・思想性等による性的刺激の緩和の程度等を総合的に検討し、読者の好色的興味に訴えるものといえるかを判断すべきである。
問題の所在(論点)
刑法175条にいう「わいせつ」の概念は明確性の原則(憲法31条)に反しないか。また、具体的な文書の「わいせつ性」を判断する際の判断枠組みはいかなるものか。
規範
文書のわいせつ性(刑法175条)は、①性に関する露骨で詳細な描写叙述の程度・手法、②右描写の文書全体に占める比重、③思想等と右描写との関連性、④構成や展開、⑤芸術性・思想性等による性的刺激の緩和の程度を検討し、これらを総合して、当該文書が主として読者の好色的興味に訴えるものといえるか否かによって決する。最終的には、時代の健全な社会通念に照らし、徒らに性欲を興奮・刺激させ、普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するかにより判断する。
事件番号: 昭和48(あ)2593 / 裁判年月日: 昭和49年4月18日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】憲法21条1項が保障する表現の自由は絶対無制限ではなく、性生活の秩序や健全な風俗の維持という公共の福祉による制限を受けるため、刑法175条のわいせつ物頒布罪等の規定は合憲である。 第1 事案の概要:被告人が、3人1組の性戯や性交の場面等を、性器の形状や動き、行為者の言動などについて具体的、詳細かつ…
重要事実
被告人らは、永井荷風の作とされる「四畳半襖の下張」を雑誌に掲載し、あるいは単行本として出版した。本件文書は、男女の性的交渉の情景を扇情的な筆致で露骨かつ具体的に描写した部分が含まれていた。これに対し、検察官は刑法175条のわいせつ物頒布罪等で起訴し、被告人側は同条の構成要件の不明確性(憲法31条違反)や表現の自由(21条)を理由に無罪を主張した。
あてはめ
本件文書についてみると、男女の性的交渉を扇情的な筆致で露骨かつ詳細に描写した部分が、量的にも質的にも文書の中枢を占めている(上記要素①②)。文書全体の構成や展開、文芸的・思想的価値を考慮に入れたとしても、それらによる性的刺激の緩和は十分ではなく(上記要素④⑤)、本件文書は主として読者の好色的興味に訴えるものと認められる。したがって、当時の健全な社会通念に照らし、徒らに性欲を刺激し、正常な性的羞恥心を害する「わいせつの文書」にあたると判断される。
結論
刑法175条は合憲であり、本件文書は「わいせつの文書」に該当するため、本罪の成立を認めた原判断は正当である。
実務上の射程
チャタレー事件判決の「わいせつ」定義を維持しつつ、判断プロセスを精緻化したものである。答案上では、具体的検討要素(描写の比重、緩和の程度等)を列挙した上で、対象となる表現物を「全体として」評価する際のあてはめの指標として活用する。芸術作品であっても、性的刺激が緩和されない限りわいせつ性を否定できないことを示している。
事件番号: 昭和26(あ)172 / 裁判年月日: 昭和26年5月10日 / 結論: 棄却
刑法第一七五条にいわゆる「猥褻」とは、徒らに性慾を興奮又は刺戟せしめ且つ普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するものをいう。
事件番号: 昭和46(あ)1905 / 裁判年月日: 昭和48年4月12日 / 結論: 棄却
一 猥褻文書の販売を処罰することは、憲法二一条に違反しない。 二 文書の猥褻性の有無は、その文書自体について客観的に判断すべきものであり、現実の購読層の状況あるいは業者や出版者としての著述、出版意図など当該文書外に存する事実関係は、文書の猥褻性の判断の基準外に置かれるべきものである。このように解しても、憲法二一条に違反…