一 推薦候補者決定の事実を団体構成員に伝達するための演説は、それが内部行為に止まるなど特別の事情のない限り、公職選挙法一六六条にいう選挙運動のためにする演説にあたる。 二 衆議院議員総選挙に際し、特定の候補者に当選を得させる目的で、地方公共団体の所有するスポーツセンター建物内において開催された市役所職員家族慰安会午前の部の席上で、約六〇〇〇名の入場者に対し挨拶をした際、「市労連が甲候補を推薦しているのでよろしくお願いする」旨の演説をした行為(判文参照)、及び同慰安会午後の部の席上で、約五〇〇〇名の入場者に対し挨拶をした際、同趣旨の演説をした行為(判文参照)は、いずれも公職選挙法二四三条一〇号の罪の違法性に欠けるところはない。 三 衆議院議員総選挙に際し、特定の候補者に当選を得させる目的で、市役所職員家族慰安会に入場しようとする者に対し、同選挙における市労連の推薦候補者甲に投票を求める趣旨の文章を含めて印刷記載した法定外文書を一枚ずつ、合計五〇〇〇枚頒布した行為(判文参照)は、公職選挙法二四三条三号の罪の違法性に欠けるところはない。
一、推薦候補者決定の事実を団体構成員に伝達する行為と公職選挙法一六六条にいう「選挙運動のためにする演説との関係 二、公職選挙法一六六条の規定に違反した演説が同法二四三条一〇号の罪の違法性に欠けるとろこがないとされた事例 三、公職選挙法一四二条一項の規定に違反した文書の頒布が同法二四三条三号の罪の違法性に欠けるところがないとされた事例
公職選挙法142条1項,公職選挙法166条,公職選挙法243条3号,公職選挙法243条10号
判旨
公職選挙法上の「選挙運動」とは、特定候補の当選を目的とする直接・間接の投票勧誘行為を指し、団体内部の純然たる伝達行為に止まらない限り、庁舎内での推薦事実の周知徹底は同法166条の禁止する演説に該当する。また、同法が禁止する場所での演説や文書頒布については、施設の公共性・中立性維持や選挙の自由公正確保という趣旨に照らし、法益侵害が軽微であっても直ちに違法性が阻害されるものではない。
問題の所在(論点)
1. 特定候補の推薦決定事実を周知させる演説が、公職選挙法166条にいう「選挙運動のためにする演説」に該当するか。 2. 公共施設内での演説や法定外文書の頒布行為について、法益侵害の軽微さを理由に違法性が阻害されるか。
規範
1. 公職選挙法における「選挙運動」とは、特定の公職の選挙につき、特定の候補者等に当選を得させるため投票を得若しくは得させる目的をもって、直接又は間接に必要かつ有利な周旋、勧誘その他諸般の行為をすることをいう。 2. 団体が特定の候補者を推薦することを決めた事実を構成員に伝達する演説は、それが内部行為に止まるなど特段の事情のない限り、当該候補者を当選させるための投票獲得目的で行われる「選挙運動のためにする演説」(同法166条)に該当する。 3. 同法166条の禁止規定は、公共施設の設置目的の阻害防止、及び国・地方公共団体の職務の公共性・中立性に対する信頼確保を趣旨とする。したがって、これらに抵触する行為は、法益侵害が軽微に見えても、直ちに違法性が欠けるとは認められない。
重要事実
被告人らは、衆議院議員総選挙の期間中、市役所労働組合連合会(市労連)の職場オルグ活動として、市役所庁舎内の市民課(執務中・外来者あり)において、市労連が特定候補Lを推薦していることを周知徹底させる趣旨の演説を行った。また、別の被告人らは、公共施設であるスポーツセンターでの慰安会において同様の推薦周知演説を行い、さらに施設付近で特定候補への投票を求める法定外文書約5000枚を頒布した。原審は、これらの行為について、投票依頼の明確な証拠がない、あるいは法益侵害が軽微で可罰的違法性を欠くとして無罪又は免訴の判断を示したため、検察官が上告した。
あてはめ
1. 本件演説は、既に機関紙等で周知されていた推薦事実を、選挙期間中にあえて一般市民も集散する市役所庁舎内で重ねて伝達したものである。これは単なる組織内の内部行為ではなく、投票獲得の意図に基づく「選挙運動のためにする演説」と評価される。 2. 公共施設内での演説(166条違反)および法定外文書の頒布(142条違反)は、施設の本来の目的を阻害し、公務の中立性への信頼を損ない、選挙の自由公正を害する弊害がある。被告人らが主張する「慰安会の挨拶の一環である」等の経緯や「法益侵害が軽微である」との事情は、これら禁止規定の趣旨を覆し、違法性を失わせるに足りる事情とはいえない。
結論
被告人らの行為はいずれも公職選挙法違反罪(166条、142条等)の構成要件に該当し、違法性も認められる。原判決には事実誤認および法令適用の誤りがあるため、これを破棄し、各被告人を罰金刑に処する。
実務上の射程
選挙運動の定義に関するリーディングケースであり、答案上は「特定の候補者を当選させる目的」と「直接・間接の投票勧誘行為」の二要素から定義する。特に「推薦事実の伝達」であっても、態様(場所・時期・反復性)によって選挙運動性が肯定される点、及び行政施設内での政治活動に対する厳格な制限の根拠(中立性・公共性)を示す際に有用である。
事件番号: 昭和43(あ)487 / 裁判年月日: 昭和44年3月18日 / 結論: 棄却
一 公職選挙法一四二条一項にいう選挙運動のために使用する文書とは、文書の外形内容自体から見て選挙運動のために使用すると推知されうるものでなければならないが、選挙運動のために使用されることが、その文書の本来の、ないしは主たる目的であることを要するものではなく、また、その選挙運動において支持されている候補者(または立候補が…