被告人が、区検察庁検察事務官の取調に対し、無免許運転で懲役刑に処せられ刑の執行猶予の言渡を受けたことを秘匿し、前科は無免許や酒酔い運転で二回罰金刑に処せられただけである旨供述し、他方、区検察庁検察事務官が地方検察庁犯歴係に電話照会して作成した前科調書には道交法違反による罰金の前科二犯のみが記載され、これが一審公判廷で取り調べられてその判決の言渡があつた後、たまたま、被告人の前科を記憶していた係官により右執行猶予付懲役刑の前科の存在が判明し、検察官がこれを知るにいたつた場合においては、刑訴法三八二条の二第一項にいう「やむを得ない事由」により一審の弁論終結前に、刑の執行猶予言渡に影響を及ぼすべき前科に関する証拠の取調を請求することができなかつたものと解するのが相当である。
前科調書の記載洩れと刑訴法三八二条の二第一項という「やむを得ない事由」
刑訴法382条2第1項
判旨
被告人が前科を秘匿し、検察官が公的照会を経ても前科を把握できなかった場合、控訴審での新証拠提出が認められる「やむを得ない事由」が認められる。
問題の所在(論点)
被告人の虚偽供述や事務上の事情により、第一審で執行猶予の欠格事由となる前科を提出できなかった場合、控訴審での証拠調べ請求を認める「やむを得ない事由」(刑訴法382条の2第1項)が認められるか。
規範
刑事訴訟法382条の2第1項にいう「やむを得ない事由」により第一審の弁論終結前に証拠調べを請求できなかった場合とは、検察官が相当の注意を払っても当該証拠の存在を認識できず、または提出が不可能であった場合を指す。特に執行猶予の可否に直結する前科については、被告人の虚偽供述や事務的な遅延などにより、通常期待される調査を尽くしても判明しなかったときは、これに該当する。
重要事実
被告人は無免許運転等で起訴されたが、検察事務官の取調に対し、以前に無免許運転で懲役刑(執行猶予付)を受けた事実を秘匿し、罰金刑のみがある旨の虚偽供述をした。事務官が地方検察庁犯歴係に電話照会して作成した前科調書にも、罰金前科のみが記載されていた。第一審で罰金前科のみを前提とした判決が言い渡された後、偶然被告人の前科を記憶していた係官によって執行猶予付懲役刑の存在が判明し、検察官がこれを知るに至った。
あてはめ
検察官は被告人への取調や犯歴係への電話照会という通常求められる調査を尽くしている。これに対し、被告人が積極的に前科を秘匿する虚偽の供述を行い、かつ犯歴照会の結果にも当該前科が記載されていなかったという事情に照らせば、第一審の段階で当該前科証拠を提出することを期待するのは困難である。したがって、検察官が第一審の弁論終結前に証拠請求できなかったことについて、検察官の過失を問うことはできず、同条項の「やむを得ない事由」があると評価される。
結論
被告人の前科秘匿等により第一審で提出できなかった証拠の提出には「やむを得ない事由」がある。原審がこれを認めた判断は正当であり、本件上告を棄却する。
実務上の射程
検察官側の「やむを得ない事由」を肯定した事例として重要。被告人の不誠実な対応や客観的な事務遅延がある場合、検察官に過度な調査義務を課さず、事後的な証拠提出を認める傾向を示す。答案上は、証拠の重要性(本件では執行猶予の成否)と、提出不能に関する帰責性の有無を対比して論じる際の論拠となる。
事件番号: 昭和62(あ)406 / 裁判年月日: 昭和62年10月30日 / 結論: 棄却
弁護人が控訴審で新たな証拠の取調べを請求するにあたり、その事情として、被告人が第一審では量刑上有利に参酌してもらつた方が得策であると考えて事実を認めていたところ懲役刑の実刑判決の言渡しを受けたため事実を争うに至つた旨主張したとしても、そのような事情は刑訴法三八二条の二にいう「やむを得ない事由」に当たらない。
事件番号: 昭和32(あ)1602 / 裁判年月日: 昭和35年9月27日 / 結論: 棄却
一 所論「やむを得ない場合」に関して原判決が支持した第一審判決の解釈は正当である。 二 (第一審判決の要旨)被告人並びに弁護人は被告人操縦の乗用自動車と同方向の北行車道上にはその前方に貨物自動車先行しその右側を追越さんと欲し警音器を鳴らすも避譲せずして進路を妨げ、しかも右斜前方には約五〇米を距てて南行車道内を南進し来る…