弁護人が控訴審で新たな証拠の取調べを請求するにあたり、その事情として、被告人が第一審では量刑上有利に参酌してもらつた方が得策であると考えて事実を認めていたところ懲役刑の実刑判決の言渡しを受けたため事実を争うに至つた旨主張したとしても、そのような事情は刑訴法三八二条の二にいう「やむを得ない事由」に当たらない。
刑訴法三八二条の二にいう「やむを得ない事由」に当たらないとされた事例
刑訴法382条の2,刑訴法393条1項
判旨
第一審で量刑上の有利を期待して虚偽の自白をした者が、実刑判決を受けたことを理由に控訴審で主張を一転させたとしても、それは刑事訴訟法382条の2の「やむを得ない事由」には当たらない。したがって、控訴審が新たな供述や証拠の取調べを却下したことは、裁判所の裁量の範囲内であり適法である。
問題の所在(論点)
第一審で量刑上の得策を考えて自白した者が、予想に反する重い判決を受けたために控訴審で主張を翻した場合、その新たな証拠の提出は刑事訴訟法382条の2にいう「やむを得ない事由」に基づくものとして、裁判所に取調べが義務付けられるか。
規範
刑事訴訟法382条の2にいう「やむを得ない事由」とは、第一審において当該証拠の取調べを請求できなかったことについて、当事者に責任を問えない客観的な事情がある場合を指す。また、同法393条1項ただし書による証拠調べが義務付けられるのは、この「やむを得ない事由」がある場合に限られ、それ以外は同項本文により裁判所の裁量に委ねられる。
重要事実
被告人は第一審において、量刑上有利に参酌されることを期待して事実を認め争わなかった。しかし、第一審で懲役3ヶ月の実刑判決を受けたため、控訴審において主張を一転し、「時速168キロメートルもの高速で運転した事実はない」とする新たな供述や、それを裏付ける証人・書証を提出しようとした。原審(控訴審)は、被告人質問を情状面に限定し、新たな証拠取調べ請求を却下した。
あてはめ
被告人が第一審で事実を認めたのは、自らの訴訟戦略上の判断(量刑上の得策)に基づくものである。実刑判決という結果を受けて真実を述べるに至ったという事情は、自己の意思に起因する主観的な事情に過ぎず、第一審で当該主張や証拠を提出できなかったことについて客観的な正当性を付与するものではない。したがって「やむを得ない事由」には当たらず、控訴裁判所が裁量によってこれを取り調べないことは適法である。
結論
被告人の事情は「やむを得ない事由」に当たらない。原審が証拠取調べ請求を却下した措置は、控訴裁判所に認められた裁量の範囲を逸脱したものではなく、適法である。
実務上の射程
第一審における自白が、量刑上の利益を狙った戦略的判断に基づくものである場合、控訴審での翻意は救済されないことを示した。答案上では、382条の2(事後審的性格)の例外要件を厳格に解釈する際の根拠として活用できる。特に「被告人の主観的な事情や戦略的失敗」は、事後審構造を維持する観点から「やむを得ない事由」を否定する方向で評価すべきである。
事件番号: 昭和58(あ)1436 / 裁判年月日: 昭和59年9月20日 / 結論: 棄却
控訴裁判所は、第一審判決以前に存在した事実に関する限り、第一審で取調ないし取調請求されていない新たな証拠につき、刑訴法三九三条一項但書の要件を欠く場合であつても、第一審判決の当否を判断するため必要と認めるときは、同項本文に基づき、裁量によつてその取調をすることができる。
事件番号: 昭和45(あ)2582 / 裁判年月日: 昭和46年4月27日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】控訴裁判所が被告人側の証人尋問を行わず、検察官申請の証拠のみに基づき一審の執行猶予判決を破棄して実刑を言い渡すことは、憲法31条および37条に違反しない。 第1 事案の概要:被告人は第一審において執行猶予付の判決を受けたが、控訴審(原審)において検察官が申請した証拠のみが採用・取調べられた。一方で…
事件番号: 昭和28(あ)2859 / 裁判年月日: 昭和30年5月10日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】控訴審において量刑不当を理由に第一審判決を破棄自判する場合、控訴審は第一審判決の確定した事実に対して法律を適用すれば足り、改めて事実を摘示することを要しない。 第1 事案の概要:被告人が第一審判決を受けた後、控訴審において第一審判決の事実認定自体には争いがなかった。弁護人は控訴審において単に量刑不…