公然事実を摘示し人の名誉を毀損した者が、摘示事実を真実であると誤信したとしても、その誤信が、係属中の刑事事件の一方の当事者の主張ないし要求または抗議等で断片的な客観性のない資料に基づくものであるときは、右誤信は相当の理由があるものとはいえない。
名誉毀損の摘示事実を真実と誤信したことにつき相当の理由がないとされた事例
刑法230条1項,刑法230条ノ2第1項,刑法230条ノ2第3項
判旨
名誉毀損罪における真実性の誤信に「相当の理由」があるというためには、依拠した資料が断片的で客観性を欠くものであってはならない。係属中の刑事事件の一方の当事者の主張に偏った資料に基づき、裁判官が故意に誤判をしたと断じることは、誤信に相当な理由があるとは認められない。
問題の所在(論点)
名誉毀損罪における公共の利害に関する事実の特例において、真実性の誤信に「相当の理由」が認められるための資料の客観性の程度が問題となる。
規範
刑法230条の2第1項の要件に関し、摘示された事実が真実であると誤信したことに「相当の理由」があるか否かは、被告人が依拠した資料の客観性や確実性によって判断される。特に、一方の当事者の主張や抗議に偏るなど断片的で客観性を欠く資料に基づく場合は、真実と信じるに足りる確実な資料・根拠があるとはいえず、相当の理由は認められない。
重要事実
被告人らは、松川事件の第一審判決後、同判決を下した裁判長に対し、無罪を知りながら外国権力に屈服して故意に有罪判決を出した旨の内容を含むビラやはがきを配布・送付した。被告人らは、当該事件の弁護団等が作成した「真実は必ず勝つ」等の冊子や現地調査での知見に基づき、裁判長が「人殺し裁判長」「売国奴」であると確信していた。被告人らは、これらの資料から事実を真実と誤信したことについて相当の理由があると主張して争った。
あてはめ
被告人らが依拠した冊子等の資料は、現に係属中の刑事事件の一方の当事者による主張、要求、または抗議の内容を反映したものであり、多分に一方的な立場に偏っている。このような資料は断片的で客観性に乏しく、裁判官が故意に独立を放棄して死刑等の判決を下したという重大な事実を真実と信じるに足りる「確実な資料・根拠」とはいえない。したがって、被告人らがこれらを真実と誤信したとしても、その誤信に相当の理由があるとは解されない。
結論
被告人らに真実性の誤信についての相当の理由を認めず、名誉毀損罪等の成立を肯定した原審の判断は正当である。
実務上の射程
真実性の錯誤(夕刊和歌山時報事件判決)の法理を前提としつつ、特に「一方当事者の主張」に偏った資料に依拠した場合の限界を示したものである。司法制度への批判という公共性の高い文脈であっても、具体的な事実摘示を伴う誹謗中傷については、資料の客観性を厳格に要求する実務上の指針となる。
事件番号: 昭和41(あ)2472 / 裁判年月日: 昭和44年6月25日 / 結論: 破棄差戻
刑法二三〇条ノ二第一項にいう事実が真実であることの証明がない場合でも、行為者がその事実を真実であると誤信し、その誤信したことについて、確実な資料、根拠に照らし相当の理由があるときは、犯罪の故意がなく、名誉毀損の罪は成立しないものと解するのが相当である。