裁判所が、検察官申請証人の採用決定前に、同証人の反対尋問のため必要であるとの理由で、検察官に対し、その所持する当該証人の検察官に対する供述調書を弁護人に閲覧させることを命じた場合、特段の事情のないかぎり、その閲覧の時期を主尋問終了後反対尋問前と指定したとしても、その閲覧が被告人の防禦のため特に重要であるということはできず、また右段階で、証人威迫、罪証隠滅の弊害がないとするのは時期尚早であつて、右証拠開示命令は違法である。
検察官に対する供述調書についての証拠開示命令が違法であるとされた事例
刑訴法294条,刑訴法299条1項,刑訴法300条,刑訴法321条1項2号
判旨
裁判所は、証拠調の段階において、被告人の防禦のため特に重要であり、かつ弊害を招来するおそれがないと認めるときは、訴訟指揮権に基づき検察官に証拠開示を命じることができる。
問題の所在(論点)
刑事訴訟法に明文の規定がない証拠調段階における証拠開示(訴訟指揮権に基づく証拠開示)が認められるか、またその要件が問題となる。
規範
裁判所は、法規の明文や訴訟の基本構造に反しない限り、適切な裁量により公正な訴訟指揮を行う権限を有する。証拠調段階で弁護人から具体的必要性が示された場合、①事案の性質、審理状況、証拠の種類・内容、閲覧の時期・方法等の諸般の事情を勘案し、②閲覧が被告人の防禦のため特に重要であり、かつ③罪証隠滅や証人威迫等の弊害を招来するおそれがないと認めるときは、訴訟指揮権に基づき検察官に証拠の閲覧を命じることができる。
重要事実
威力業務妨害等被告事件の証拠調段階において、検察官が10名の証人申請を行った。弁護人は、反対尋問の準備および真実発見のため、当該証人らの供述調書の閲覧を求める申出をした。これに対し、第一審裁判所は、証人の採用決定前であるにもかかわらず、主尋問終了後から反対尋問開始前までの間に、検察官面前調書の立証趣旨に関連する部分を閲覧させるよう命ずる決定を下した。
事件番号: 昭和43(し)68 / 裁判年月日: 昭和44年4月25日 / 結論: 棄却
裁判所は、証拠調の段階に入つた後、弁護人から、具体的必要性を示して、一定の証拠を弁護人に閲覧させるよう検察官に命ぜられたい旨の申出がなされた場合、事案の性質、審理の状況、閲覧を求める証拠の種類および内容、閲覧の時期、程度および方法、その他諸般の事情を勘案し、その閲覧が被告人の防禦のため特に重要であり、かつこれにより罪証…
あてはめ
本件では、証人の採否すら未決定の段階で開示が命じられている。証人が採用されなければ反対尋問自体が発生せず、閲覧の必要性は前提を欠く。また、主尋問の結果次第では調書取調の必要性が生じない可能性もあり、現段階で「防禦のため特に重要」とはいえない。さらに、証人採用や主尋問の実施前では、証人威迫等の「弊害の有無」を判断することも時期尚早である。したがって、本件決定時には証拠開示の要件を満たしておらず、裁量権の範囲を逸脱した違法な訴訟指揮にあたる。
結論
裁判所は訴訟指揮権に基づき証拠開示を命じ得るが、証人採用決定前の段階で開示を命ずることは、特段の事情がない限り、必要性および弊害の欠如の要件を満たさず認められない。
実務上の射程
公判前整理手続外での証拠開示に関するリーディングケースである。答案上は、まず裁判所の広範な訴訟指揮権(刑訴法294条等)を背景に開示の可能性を認めつつ、必要性と弊害の衡量という枠組みを示す際に用いる。特に「証人採用後・主尋問終了後」というタイミングが、必要性と弊害の判断において重要な要素となる点に注意が必要である。
事件番号: 昭和34(し)60 / 裁判年月日: 昭和34年12月26日 / 結論: その他
現行刑事訴訟法規のもとで、裁判所が検察官に対し、その所持する証拠書類または証拠物を、検察官において公判で取調べを請求すると否とにかかわりなく、予め、被告人または弁護人に閲覧させるように命令することはできない。
事件番号: 昭和47(し)93 / 裁判年月日: 昭和48年4月12日 / 結論: その他
検察官の冒頭陳述が終了した直後で、いまだ実質審理に入らない段階において、裁判所が、検察官に対し、弁護人主張にかかる警察当局の違法かつ過剰警備による違法捜査手続を理由とする公訴権濫用の事実を明らかにするため必要であるとして弁護人に警察官作成の警備実施状況報告書を閲覧させることを命ずることは、訴訟指揮権行使の適正かつ公平な…
事件番号: 平成19(し)424 / 裁判年月日: 平成19年12月25日 / 結論: 棄却
1 刑訴法316条の26第1項の証拠開示命令の対象となる証拠は,必ずしも検察官が現に保管している証拠に限られず,当該事件の捜査の過程で作成され,又は入手した書面等であって,公務員が職務上現に保管し,かつ,検察官において入手が容易なものを含む。 2 取調警察官が,犯罪捜査規範13条に基づき作成した備忘録であって,取調べの…
事件番号: 昭和56(し)124 / 裁判年月日: 昭和56年10月9日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】検察官の手持証拠に対する証拠開示命令を認めない決定は、判決前の訴訟手続に関する決定であり、刑事訴訟法433条1項に規定する「この法律により不服を申し立てることができない決定」には該当しないため、特別抗告の対象とならない。 第1 事案の概要:検察官が手持証拠について開示命令を発しないよう求め、裁判所…