土地所有者の氏名を冒用して、簡易裁判所に起訴前の和解の申立をし、被告人に右土地の所有権移転登記手続をする旨の内容虚偽の和解調書を作成させたうえ、その正本を登記官吏に登記原因を証する書面として提出し、登記簿にその旨不実の記載をさせても、右土地に関する詐欺罪は成立しないものと解すべきである。
土地所有者の氏名を冒用して起訴前の和解の申立をし内容虚偽の和解調書を作成させこれを用いて登記簿に不実の記載をさせた場合と詐欺罪の成否
刑法246条1項,刑法157条1項
判旨
詐欺罪が成立するためには、被欺罔者が錯誤によって何らかの財産的処分行為をすることを要する。起訴前の和解調書を偽造・利用して移転登記をした場合、裁判官や登記官には処分権限や処分意思が認められないため、不動産に対する詐欺罪は成立しない。
問題の所在(論点)
虚偽の和解調書を作成させて不動産の移転登記を行った行為について、被欺罔者(裁判官および登記官)による「財産的処分行為」が認められ、詐欺罪が成立するか。
規範
詐欺罪(刑法246条)の成立には、被欺罔者が錯誤によって何らかの「財産的処分行為」をすることが必要である。処分行為とは、被欺罔者が財産的価値を移転させる意思(処分意思)に基づき、その権限または地位(処分権限・地位)を行使して財産を移転させることを指す。
重要事実
被告人らは共謀し、土地所有者になりすまして簡易裁判所に虚偽の起訴前の和解を申し立て、裁判官を誤信させて和解調書を作成させた。さらに、この調書を登記官に提出し、所有者の意思に基づかない所有権移転登記を完了させた。第一審および原判決は、この一連の行為について不動産を騙取した詐欺罪の成立を認めたため、被告人らが上告した。
事件番号: 昭和40(あ)2193 / 裁判年月日: 昭和41年7月19日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】不動産移転登記に必要な関係書類を欺罔行為によって交付させた場合、当該書類の交付自体が財産的価値を有する交付行為にあたり、詐欺罪が成立する。 第1 事案の概要:被告人は、Aから山林(甲)を買い受ける際、登記簿上A名義となっているが実際には他者の所有である山林(乙・丙)を自己の所有名義にして売却しよう…
あてはめ
まず、被欺罔者である裁判官は、和解の成立を認めて調書に記載したにすぎず、所有者に代わって不動産を処分する意思表示をしたものではない。また、登記官についても、不動産を処分する権限も地位もなく、単に虚偽の調書に基づき登記手続を行ったにすぎない。したがって、裁判官や登記官の行為は、財産的処分行為にあたらないといえる。さらに、本件は裁判所を欺いて勝訴判決を得る「訴訟詐欺」とは事案を異にする(和解調書の作成自体に権利移転の効力はない)。
結論
被告人らの行為によって宅地を騙取したものということはできず、不動産に対する詐欺罪は成立しない。
実務上の射程
詐欺罪の基本要件である「処分行為」の意義を明確にした重要判例である。答案では、いわゆる訴訟詐欺(判決による執行等)とは異なり、和解調書の作成や登記官による事務的処理だけでは処分行為を欠き、詐欺罪を否定する際の論拠として活用する。なお、本件のような事案では、詐欺罪は不成立でも、公正証書原本不実記載罪や文書偽造罪等の成立は妨げられない。
事件番号: 昭和41(あ)2732 / 裁判年月日: 昭和42年8月28日 / 結論: 棄却
甲から金員を騙取するため、乙名義の偽造の委任状等を登録官吏に提出し、乙の不動産の登記簿の原本に抵当権が設定された旨の不実の記載をさせて、これを行使するとともに、甲にその登録済権利証を示して、抵当権設定登録を経由した旨誤信させ、同人から借用金名下に金員を騙取したときは、公正証書原本不実記載罪とその行使罪と詐欺罪との牽連犯…
事件番号: 昭和26(あ)1640 / 裁判年月日: 昭和27年10月16日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】虚偽の書面を作成・行使して他人を欺罔し財物を交付させた場合、たとえ私文書偽造・同行使罪の成立が否定されたとしても、詐欺罪(刑法246条)が成立することに妨げはない。 第1 事案の概要:被告人は、虚偽の内容を含む書面を作成し、これを用いて相手方を欺き、金員等の交付を受けたとされる事案。第一審判決は私…
事件番号: 平成16(あ)761 / 裁判年月日: 平成16年11月30日 / 結論: 棄却
1 郵便送達報告書の受領者の押印又は署名欄に他人である受送達者本人の氏名を冒書する行為は,同人名義の受領書を偽造したものとして,有印私文書偽造罪を構成する。 2 支払督促の債務者を装い郵便配達員を欺いて支払督促正本を受領することにより,送達が適式にされたものとして支払督促の効力を生じさせ,債務者から督促異議申立ての機会…