1 郵便送達報告書の受領者の押印又は署名欄に他人である受送達者本人の氏名を冒書する行為は,同人名義の受領書を偽造したものとして,有印私文書偽造罪を構成する。 2 支払督促の債務者を装い郵便配達員を欺いて支払督促正本を受領することにより,送達が適式にされたものとして支払督促の効力を生じさせ,債務者から督促異議申立ての機会を奪ったまま確定させて,その財産を差し押さえようとしたが,支払督促正本はそのまま廃棄するだけで外に何らかの用途に利用,処分する意思がなかったという判示の事実関係の下では,支払督促正本に対する詐欺罪における不法領得の意思を認めることはできない。
1 郵便送達報告書の受領者の押印又は署名欄に他人の氏名を冒書する行為と有印私文書偽造罪の成否 2 他人あての送達書類を廃棄するだけの意図で他人を装って受領する行為について詐欺罪における不法領得の意思が認められないとされた事例
刑法159条1項,刑法161条1項,刑法246条1項,民訴法99条,民訴法109条,民訴法第7編督促手続,郵便法(平成14年法律第98号による改正前のもの)66条
判旨
支払督促正本等の送達において他人を装い文書を偽造受領した際、当該文書を即座に廃棄する意図であり、他に利用・処分する意思がない場合は、不法領得の意思が欠け詐欺罪は成立しない。一方で、郵便送達報告書の受領印・署名欄に他人名義を冒書する行為には有印私文書偽造罪が成立する。
問題の所在(論点)
他人の財産を差し押さえる手段として、郵便配達員を欺いて支払督促正本等の交付を受けたが、当該文書自体を直ちに廃棄する意図であった場合、詐欺罪における「不法領得の意思」が認められるか。
規範
詐欺罪(刑法246条1項)の成立には、権利者を排除して他人の物を自己の所有物としてその経済的用法に従い利用・処分する意思(不法領得の意思)が必要である。財産的利得を得るための手段として交付を受けた場合であっても、当該物件自体を直ちに廃棄する意図であり、他に何らかの用途に利用・処分する意思がないときは、不法領得の意思を認めることはできない。
事件番号: 昭和27(あ)6836 / 裁判年月日: 昭和31年3月9日 / 結論: 破棄差戻
第一審判決の確定した事実は「…(判決参照)…」というのである。しかし、本件記録に徴すれば、Aが、被告人のBに対する前記第五六一九一号公正証書による貸金債権六五〇〇〇円の譲渡契約を被告人との間に締結したのは、Aにおいて、右貸金債権が未だ消滅せず尚存在するものと信じたが故か、或は被告人において右公正証書の執行正本を入手し得…
重要事実
被告人は叔父の財産を不正に差し押さえるため、架空の債権に基づき支払督促を申し立てた。共犯者が叔父を装って郵便配達員を欺き、郵便送達報告書に叔父の氏名を署名して支払督促正本等を受領した。被告人は、送達を適式に完了させて叔父の異議申立権を奪い、支払督促を確定させる(債務名義を得る)ことを目的としていたが、受領した支払督促正本自体は利用するつもりがなく、受領後すぐに廃棄した。
あてはめ
被告人の目的は、支払督促の効力を確定させて債務名義を取得するという財産的利得にあり、文書の受領はその手段に過ぎなかった。被告人は当初から本件支払督促正本等を何らかの用途に利用するつもりはなく、速やかに廃棄する意図を有しており、現に受領後すぐに廃棄している。このような事実関係の下では、当該文書を自己の所有物としてその経済的用法に従い利用・処分する意思があったとはいえず、不法領得の意思は否定される。
結論
被告人に不法領得の意思は認められず、支払督促正本等に対する詐欺罪は成立しない(ただし、郵便送達報告書への冒書については有印私文書偽造・同行使罪が成立する)。
実務上の射程
物件そのものの経済的価値に着目せず、単に何らかの法的手続きを進行させるための「手段」として文書を一時的に入手し、直ちに廃棄するような事案(例:他人の郵便物を手続き妨害のために隠匿・廃棄する目的で騙し取る場合)において、詐欺罪の成否を否定する際の有力な根拠となる。答案では、利得罪(2項詐欺)の成否とは峻別して論じる必要がある。
事件番号: 昭和42(あ)786 / 裁判年月日: 昭和42年12月21日 / 結論: 棄却
土地所有者の氏名を冒用して、簡易裁判所に起訴前の和解の申立をし、被告人に右土地の所有権移転登記手続をする旨の内容虚偽の和解調書を作成させたうえ、その正本を登記官吏に登記原因を証する書面として提出し、登記簿にその旨不実の記載をさせても、右土地に関する詐欺罪は成立しないものと解すべきである。
事件番号: 昭和26(あ)1640 / 裁判年月日: 昭和27年10月16日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】虚偽の書面を作成・行使して他人を欺罔し財物を交付させた場合、たとえ私文書偽造・同行使罪の成立が否定されたとしても、詐欺罪(刑法246条)が成立することに妨げはない。 第1 事案の概要:被告人は、虚偽の内容を含む書面を作成し、これを用いて相手方を欺き、金員等の交付を受けたとされる事案。第一審判決は私…
事件番号: 昭和40(あ)2193 / 裁判年月日: 昭和41年7月19日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】不動産移転登記に必要な関係書類を欺罔行為によって交付させた場合、当該書類の交付自体が財産的価値を有する交付行為にあたり、詐欺罪が成立する。 第1 事案の概要:被告人は、Aから山林(甲)を買い受ける際、登記簿上A名義となっているが実際には他者の所有である山林(乙・丙)を自己の所有名義にして売却しよう…
事件番号: 平成15(あ)537 / 裁判年月日: 平成15年12月18日 / 結論: 棄却
司法書士に対し金銭消費貸借契約証書に基づく公正証書の作成の代理嘱託を依頼するに際して偽造の同契約証書を真正な文書として交付する行為は,刑法161条1項にいう「行使」に当たる。