偽計によつて被疑者が心理的強制を受け、その結果虚偽の自白が誘発されるおそれのある場合には、偽計によつて獲得された自白はその任意性に疑いがあるものとして証拠能力を否定すべきであり、このような自白を証拠に採用することは、刑訴法三一九条一項、憲法三八条二項に違反する。
偽計による自白の証拠能力と憲法三八条二項
刑訴法1条,刑訴法319条1項,憲法38条2項
判旨
偽計を用いた取調べによって被疑者が心理的強制を受け、虚偽の自白が誘発されるおそれがある場合には、その自白は任意性に疑いがあるものとして証拠能力が否定される。
問題の所在(論点)
捜査官の偽計によって獲得された自白につき、刑事訴訟法319条1項による自白の任意性が認められるか。
規範
捜査官が偽計を用いて被疑者を錯誤に陥れ、自白を獲得するような尋問方法は厳に避けるべきである。もっとも、偽計による自白が直ちに否定されるわけではない。偽計によって被疑者が心理的強制を受け、その結果「虚偽の自白が誘発されるおそれ」がある場合には、刑事訴訟法319条1項の「任意にされたものでない疑いのある自白」に該当し、証拠能力が否定される(虚偽発見説の立場)。
重要事実
被告人とその妻は、当初は妻の単独犯行であるとして共謀を否認していた。しかし、検察官は被告人に対し、実際には妻が自白していないにもかかわらず「妻が共謀を自白した」という虚偽の事実を告げた。さらに「男らしく言ったらどうか」「(自白すれば)二人共処罰されることはない」等と述べ、被告人が認めれば妻が処罰を免れる可能性を暗示して説得した。これを受けた被告人は共謀を認め、その影響下で司法警察員に対しても自白調書が作成された。
事件番号: 昭和56(あ)897 / 裁判年月日: 昭和59年4月24日 / 結論: 破棄差戻
殺人教唆等の公訴事実についての唯一の直接証拠である被教唆者の検察官に対する供述調書の証拠価値に疑問を容れる余地がないとはいえず、被告人のアリバイの成否について幾多の疑問が残されているのに(判文参照)、被告人を有罪とした原判決は、刑訴法四一一条一号、三号により破棄を免れない。
あてはめ
本件では、検察官が「妻が自白した」という客観的事実と異なる偽計を用いたことで、被告人は錯誤に陥っている。また、自白すれば妻が助かるという利益誘導に近い暗示もなされており、これらは被告人に対して強い心理的強制を与えるものである。このような状況下での自白は、真実ではない共謀関係を認めてしまうという虚偽の自白を誘発するおそれが濃厚であるといえる。したがって、当該自白およびその影響下で作成された後の自白調書は、任意性に疑いがあると言わざるを得ない。
結論
被告人の自白は任意性に疑いがあるため証拠能力が認められず、これを証拠として有罪とした原判決には審理不尽の違法がある。
実務上の射程
偽計自白の証拠能力が争点となる際、単なる「偽計の存在」だけでなく、それが「虚偽自白を誘発する類型的な危険性」を有していたかという観点からあてはめを行う際に用いる。また、先行する取調べの違法(偽計)が後の調書に及ぼす「影響(遮断の有無)」を検討する際のリーディングケースとしても重要である。
事件番号: 昭和28(あ)5394 / 裁判年月日: 昭和29年6月21日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】共犯者の自白は、被告人自身の自白に対する補強証拠となり得る。また、客観的な物証と共犯者の供述を併せることで、被告人の自白の真実性を担保するに足りる補強証拠として認められる。 第1 事案の概要:被告人両名が銃砲刀剣類等所持取締令違反等の罪で起訴された事案において、第一審は、被告人らの自白を裏付ける証…
事件番号: 昭和53(あ)1046 / 裁判年月日: 昭和53年10月13日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】供述調書の任意性については、記録上これを疑うべき証跡が認められない限り、適法に証拠能力が認められる。また、憲法39条や31条違反を主張しても、実質的に単なる法令違反にすぎない場合は適法な上告理由とはならない。 第1 事案の概要:被告人が供述調書の任意性を争うとともに、憲法39条(二重処罰の禁止等)…
事件番号: 昭和53(あ)2033 / 裁判年月日: 昭和54年5月16日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】約束や利益誘導による自白の任意性については、客観的にそのような事由が認められない限り、違憲・違法をいう前提を欠く。また、捜査官に対する自白以外に証拠がある場合には、憲法38条3項の自白のみによる有罪判決には当たらない。 第1 事案の概要:被告人が捜査官に対して自白を行ったが、その自白の獲得過程にお…
事件番号: 昭和54(あ)727 / 裁判年月日: 昭和54年10月22日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】刑事訴訟法328条にいう「証拠」には、公判準備または公判期日における被告人その他の者の供述を弾劾するための証拠が含まれる。本件では、司法警察員に対する供述調書であっても、公判廷における供述を弾劾するために用いられる場合には証拠能力が認められる。 第1 事案の概要:被告人の刑事事件において、検察側は…