殺人教唆等の公訴事実についての唯一の直接証拠である被教唆者の検察官に対する供述調書の証拠価値に疑問を容れる余地がないとはいえず、被告人のアリバイの成否について幾多の疑問が残されているのに(判文参照)、被告人を有罪とした原判決は、刑訴法四一一条一号、三号により破棄を免れない。
殺人教唆等の公訴事実につき被教唆者の供述の信用性を肯定しアリバイの成立を否定した原審の判断が支持し難いとして破棄された事例
刑法61条1項,刑法199条,刑訴法317条,刑訴法411条1号,刑訴法411条3号,刑訴法413条本文
判旨
被告人の殺人教唆等を認めた直接証拠である共犯者の供述調書に疑義があり、かつ被告人が提出したアリバイ証拠の証拠価値や判明経緯の審理が不十分なまま有罪とした原判決には、事実誤認の疑いがある。審理を尽くさず証拠の価値判断を誤った原判決を維持することは著しく正義に反するため、破棄し差し戻すべきである。
問題の所在(論点)
直接証拠が共犯者の供述のみである場合に、その信用性判断において検討すべき事項、および被告人が提出したアリバイ証拠を排斥するに足りる審理の程度が問題となる。
規範
刑事訴訟において有罪を認定するためには、合理的な疑いを差し挟む余地のない程度の立証が必要である(刑訴法333条参照)。直接証拠である共犯者供述の信用性について、供述の変遷、他の客観的事実との矛盾、取調官による便宜供与の有無等を慎重に吟味すべきである。また、被告人が提出したアリバイ証拠については、その証拠価値のみならず、証拠が発見・提出されるに至った経緯を精査し、アリバイ工作の存否を慎重に判断して、事実認定を行うべきである。
重要事実
暴力団組長の被告人が、配下の組員Jに敵対組織組長の殺害を教唆したとして起訴された。有罪の直接証拠はJの検察官面前調書のみであった。被告人は、教唆の日時(4月1日午後7時頃)に他店で飲酒していたとするアリバイを主張し、証人証言や売上帳、開店祝いの品(オウム像)の領収書等を提出した。原審は、Jの供述を信用できるとし、他方でアリバイ証拠については帳簿の不備や購入日の疑義を理由に排斥し、有罪判決を維持した。
事件番号: 昭和42(あ)1546 / 裁判年月日: 昭和45年11月25日 / 結論: 破棄差戻
偽計によつて被疑者が心理的強制を受け、その結果虚偽の自白が誘発されるおそれのある場合には、偽計によつて獲得された自白はその任意性に疑いがあるものとして証拠能力を否定すべきであり、このような自白を証拠に採用することは、刑訴法三一九条一項、憲法三八条二項に違反する。
あてはめ
第一に、Jの供述は、組織的背景から被告人以外の者が教唆者である可能性を排除できず、警察官による接見等の便宜供与下で得られた疑いもあり、核心部分に不自然な点があるため、その信用性は確固不動ではない。第二に、アリバイについて、原審はスナックの売上帳に伝票類が欠けることを理由に排斥するが、個人経営の小規模店では一般的であり、偽造・改ざんの形跡がない以上、証拠価値を否定できない。第三に、オウム像の購入日に関する店舗側の資料にも矛盾があり、弁護人が請求した証拠調べを却下した原審の判断は粗略である。特にアリバイ発見の経緯(弁護士会照会等)を考慮すれば、アリバイ工作を行う余裕がなかった可能性が高く、この点の審理を尽くさずにアリバイを否定したことは事実誤認の疑いが顕著である。
結論
原判決には、審理不尽、証拠の価値判断の誤りによる重大な事実誤認の疑いがあり、破棄を免れない。本件を原審に差し戻す。
実務上の射程
共犯者供述の信用性やアリバイの判断枠組みを示す事例。答案上は、直接証拠が乏しい事案での「合理的な疑い」の具体的検討手法として引用できる。特に、アリバイ証拠を「遅きに失した」として一律に排除せず、発見経緯を含めた総合評価を求める点で重要である。
事件番号: 昭和57(あ)1721 / 裁判年月日: 昭和58年2月24日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】被告人が暴力団構成員であることをもって直ちに量刑上不利益な差別的処遇をすることは許されないが、当該属性を考慮したとしても直ちに憲法14条に反する不当な差別には当たらない。 第1 事案の概要:被告人が暴力団の構成員であるという事実が量刑において考慮された。これに対し、弁護人は「被告人が暴力団構成員で…
事件番号: 昭和58(あ)531 / 裁判年月日: 昭和59年3月6日 / 結論: 棄却
謀議の内容において被害者の殺害を一定の事態の発生にかからせており、犯意自体が未必的なものであつたとしても、実行行為の意思が確定的であつたときは、いわゆる共謀共同正犯者としての殺人の故意の成立に欠けるところはない。
事件番号: 昭和54(あ)727 / 裁判年月日: 昭和54年10月22日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】刑事訴訟法328条にいう「証拠」には、公判準備または公判期日における被告人その他の者の供述を弾劾するための証拠が含まれる。本件では、司法警察員に対する供述調書であっても、公判廷における供述を弾劾するために用いられる場合には証拠能力が認められる。 第1 事案の概要:被告人の刑事事件において、検察側は…
事件番号: 昭和28(あ)5394 / 裁判年月日: 昭和29年6月21日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】共犯者の自白は、被告人自身の自白に対する補強証拠となり得る。また、客観的な物証と共犯者の供述を併せることで、被告人の自白の真実性を担保するに足りる補強証拠として認められる。 第1 事案の概要:被告人両名が銃砲刀剣類等所持取締令違反等の罪で起訴された事案において、第一審は、被告人らの自白を裏付ける証…