幅員約10メートルの一直線で見通しがよく、他に往来する車両のない道路のセンターラインの若干左側から、進路の右側にある小路にはいるため、右折の合図をしながら、右折を始めようとする原動機付自転車の運転者としては、後方から来る他の車両の運転者が、交通法規を守り、速度をおとして自車の右折を待つて進行する等、安全な速度と方法で進行するであろうことを信頼して運転すれば足り、本件被害者のようにあえて交通法規に違反して、高速度で、センターラインの右側にはみ出してまで自車を追い越そうとする車両のありうることまでも予想して、右後方に対する安全を確認し、もつて事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務はないものと解するのが相当である。
右折を初めようとする原動機付自転車の運転者に交通法規に違反して高速度でセンターラインの右側にはみ出してまで自車を追い越そうとする車両のありうることまでも予想すべき注意義務がないとされた事例
刑法211条,道路交通法(昭和39年法律91号による改正前のもの)17条4項,道路交通法(昭和39年法律91号による改正前のもの)28条3項,道路交通法(昭和39年法律91号による改正前のもの)34条4項
判旨
車両等の運転者は、他の運転者が交通法規に従って適切な行動に出ることを信頼して運転すれば足り、あえて交通法規を無視した暴挙に出る車両の存在まで予想して事故を防止すべき義務はない。
問題の所在(論点)
業務上過失致死罪(刑法211条前段)における注意義務(予見可能性および結果回避義務)の範囲が問題となる。特に、他者の著しい交通法規違反を予見して事故を回避すべき義務を負うか。
規範
車両の運転者は、互いに他の運転者が交通法規に従って適切な行動に出るであろうことを信頼して運転すべきであり、特段の事情がない限り、他の運転者による交通法規を無視した異常な行動を予見し、これに対応して事故を回避すべき注意義務を負わない(信頼の原則)。
重要事実
被告人は、原動機付自転車を運転して右折しようとし、右折の合図をしながら時速約20キロメートルでセンターライン付近を走行していた。一方、後方から被害者が時速約60ないし70キロメートルの高速度で接近し、交通法規を無視してセンターラインを越え、右折中の被告人車両を右側から追い越そうとした。その際、被告人が右後方の安全確認を十分に行わなかったため、追い越そうとした被害者車両と接触し、被害者を死亡させた。
あてはめ
被害者は、右折の合図を出して進行する被告人車両の動向を認識できたはずであり、法規に従い速度を落として待機すべきであった。にもかかわらず、高速度でセンターラインを越えて追い越しを試みたことは「交通法規を無視した暴挙」といえる。被告人において、このような異常な追い越し車両の出現を予想すべき特段の事情は認められず、他の運転者が法規を守り自車の右折を待つことを信頼して運転すれば足りる。したがって、被告人が右後方を十分注視せず被害者車両を発見しなかったとしても、結果回避義務の前提となる予見可能性を欠き、過失は否定される。
結論
被告人は無罪。交通法規に違反した暴走車両の存在まで予見すべき注意義務はなく、本件事故について過失責任を負わない。
実務上の射程
交通過失事件において、加害者の注意義務を限定する「信頼の原則」を確立したリーディングケース。答案では、被告人の予見可能性を否定する論理として用い、被害者側の著しい交通法規違反という具体的事実を指摘した上で、本規範を適用する。
事件番号: 昭和45(あ)711 / 裁判年月日: 昭和45年11月17日 / 結論: その他
交差する道路(優先道路を除く。)の幅員より明らかに広い幅員の道路から、交通整理の行なわれていない交差点にはいろうとする自動車運転者としては、その時点において、自己が道路交通法一七条三項に違反して道路の中央から右の部分を通行していたとしても、右の交差する道路から交差点にはいろうとする車両等が交差点の入口で徐行し、かつ、自…
事件番号: 昭和44(あ)1497 / 裁判年月日: 昭和45年12月22日 / 結論: 破棄自判
交差する左方の道路で、しかも交差する道路(優先道路を除く。)の幅員より明らかに広い幅員の道路から、交通整理の行なわれていない交差点にはいろうとする自動車運転者としては、その時点において、自己が道路交通法六八条に違反して時速八〇キロメートルで運転をしていたとしても、交差する右方の道路から交差点にはいろうとする車両等が交差…
事件番号: 昭和47(あ)682 / 裁判年月日: 昭和47年11月16日 / 結論: 破棄差戻
交差点を右折するため、中央線に沿つて適式な右折合図をしながら右折を始めようとする車両の運転者としては、道路交通法(昭和四六年法律第九八号による改正前のもの)三四条二項に違反して交差点手前約六米の地点から右折を開始したとしても、それが、右規定に従つた右折方法に比し、後続車との衝突の危険を一層増大させるものでない場合には、…