殺人の公訴事実について、第一審が殺意の証明がないとして傷害致死の犯罪事実を認定したのに対し、控訴審が何らみずから事実の取調をしないで第一審で取り調べた証拠のみによつて未必の殺意があると認定し、殺人罪として処断することは、刑訴法第四〇〇条但書の解釈上許されない。
刑訴法第四〇〇条但書に違反するとされた事例
刑法199条,刑法205条,刑訴法400条
判旨
第一審が殺意を否定したのに対し、控訴審が自ら事実の取調を行わずに第一審の証拠のみに基づき殺意を認めて有罪とすることは、刑訴法400条但書の解釈上許されない。
問題の所在(論点)
控訴審が刑訴法400条但書に基づき自判する場合において、第一審が否定した主観的要件(殺意)の存在を、自ら事実の取調を行わずに第一審の証拠のみで認定することの可否が、同条の解釈として問題となる。
規範
控訴審において、第一審が否定した被告人の主観的態様(殺意等)を肯定して有罪とするなど、事実認定を逆転させる場合には、刑訴法400条但書の解釈として、原則として自ら事実の取調を行わなければならない。第一審が取り調べた証拠のみに基づいて、第一審が否定した事実を肯定することは、直接主義・口頭主義の観点から許されない。
重要事実
被告人は殺人罪で起訴されたが、第一審は「殺意の証明がない」として傷害致死罪を認定し、執行猶予付きの判決を言い渡した。これに対し検察官が控訴したところ、原審(控訴審)は、自ら事実の取調を一切行うことなく、第一審の記録と証拠のみに基づき、被告人には「死に至るかもしれないと認識しながら敢えて突き刺した」という未必の故意(殺意)があったと認定し、殺人罪を適用して実刑判決を下した。
あてはめ
本件では、第一審が証拠に基づき殺意を否定して傷害致死罪を認定している。これに対し、原審は証拠の評価を覆して殺人罪を認める際、独自の事実取調を全く経ていない。第一審の証拠関係のみから、第一審が否定した「殺意」という内心の事実を逆転認定することは、事後審としての審査の範囲を超え、適正な事実認定の保障を欠く。したがって、かかる原審の措置は刑訴法400条但書の解釈を誤った違法なものであるといえる。
結論
自ら事実の取調をせずに第一審の否定した殺意を肯定した原判決には、判決に影響を及ぼすべき法令違反がある。原判決を破棄し、差し戻すべきである。
実務上の射程
控訴審による自判の限界(事実誤認による破棄自判の際、どの程度の事実取調が必要か)を示す。特に被告人に不利な事実認定の変更を伴う場合に、直接主義の要請から自ら証拠調べを行うべき義務を課す枠組みとして機能する。
事件番号: 昭和25(あ)2921 / 裁判年月日: 昭和26年7月6日 / 結論: 棄却
一 (少数意見要旨)裁判官小谷勝重 職権を以て調査するに、本件第一審判決の法令の適用は「刑法第一九九条、第四五条前段、第四七条、第一〇条、第一四条」となつている。従つてこの適用法条からは、その処断刑は二〇年以下の有期懲役刑でなければならない。しかるに主文は「被告人を無期懲役に処する」とあるから主文と理由との間にくいちが…