専用軌道を有する電車の運転士は、夜間、警手のいない踏切を通過する場合には、特別の事情のない限り、電車の速度を低減し、もしくはその進行を停止して、不慮の事故に備えるべき義務はないが、その進路前方の沿線に火災を発生したことを知り、しかもその発生場所を適確に知ることができない状況にあるときは、運転台からその煙を望見しうる限り、右場所が自己の一応の判断よりもはるかに近い軌道沿線であるかも知れないことを予測し、火災現場に急行する消防自動車や、火災に心を奪われた被災者、見物人らが、電車の進行に注意を払わないで、右現場近くの踏切を横断しようとし、または、右踏切やその附近の軌道敷内に立ち入るおそれがあり、電車がこれらと衝突する危険のあることを予見し、進路に異常を発見した際にこれらと衝突することなく停車しうる程度にまで減速して進行すべき注意義務がある。
夜間沿線に火災の発生したことを知つた電車の運転士が警手不在の踏切を通過する場合に徐行すべき注意義務があるとされた事例
刑法211条
判旨
専用軌道の電車運転士は、原則として踏切での減速義務を負わないが、沿線火災という特別の事情がある場合には、衝突回避のため直ちに停車可能な程度まで減速すべき注意義務を負う。また、被害者側に過失がある場合であっても、被告人の過失責任が直ちに阻却されるものではない。
問題の所在(論点)
専用軌道の電車運転士に、踏切通過の際の減速・停止義務が認められるか(業務上過失致死傷罪における注意義務の有無)。また、被害者側の過失が被告人の責任に及ぼす影響が問題となる。
規範
専用軌道を有する電車の運転士は、原則として踏切通過の際に減速・停止して不慮の事故に備えるべき義務を負わない(信頼の原則)。しかし、進路前方の沿線に火災が発生し、その場所を的確に把握できない等の「特別の事情」がある場合には、火災現場に急行する車両や被災者等が軌道敷内に立ち入る危険を予見すべきであり、異常発見時に直ちに停車できる程度まで減速して進行すべき注意義務を負う。
事件番号: 昭和22(れ)315 / 裁判年月日: 昭和23年5月6日 / 結論: 棄却
豫て時間表によつて同時刻頃下り第二七一號列車も上り列車と相前後して右踏切を通過することが判つている筈であるから踏切警手としては、かかる場合獨り上り列車のみならず、當然下り列車の通過の有無をもたしかめた上で踏切を遮斷するか否かを決定し、事故の發生を未然に防止すべき業務上の注意義務がある。
重要事実
専用軌道を走行する電車の運転士(被告人)は、夜間、踏切警手のいない踏切を通過しようとした。当時、進路前方の沿線で火災が発生しており、運転台から煙を望見できる状況であったが、具体的な火災発生場所は特定できていなかった。被告人は、電車を停止させる措置をとらずに進行したところ、踏切の軌道上で消火活動に従事していた消防自動車と衝突した。消防自動車側にも過失が認められる事案であった。
あてはめ
本件では、運転台から火災の煙を望見し得る状況にあり、火災場所が軌道沿線である可能性を予測できた。この場合、消防自動車の緊急走行や被災者・見物人の軌道内立ち入りによる衝突の危険を具体的に予見可能であったといえる。したがって、原則的な信頼の原則は修正され、直ちに停車可能な速度まで減速すべき義務が生じていたと解される。消防自動車側の過失については、被告人の注意義務違反と事故との因果関係を断絶させるものではなく、被告人の過失責任を阻却しないと評価される。
結論
被告人は、特別の事情下における減速義務を怠ったものとして、業務上過失致死傷罪の責任を免れない。
実務上の射程
交通事故における「信頼の原則」の限界を示す事案である。道路交通のみならず鉄道事故においても、具体的予見可能性が生じるような「特別の事情」があれば、原則的な注意義務の免除が否定される。答案上は、まず信頼の原則により義務を否定しつつ、本判例を参考に「特別の事情」を認定して義務を肯定する構成に資する。
事件番号: 昭和28(あ)343 / 裁判年月日: 昭和30年2月2日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】見通しが悪く、警手や自動警報器等の設備がない踏切を通過する際、自動車運転者は、一旦停止して列車の進行の有無を確認すべき注意義務を負う。 第1 事案の概要:被告人が自動車を運転して踏切にさしかかった際、当該地点は通行の車馬にとって列車線路の見通しが利かない状況であった。また、当該踏切には警手の配置が…
事件番号: 昭和41(あ)2622 / 裁判年月日: 昭和42年3月16日 / 結論: 棄却
対向車が被告人の運転する車両の進路である道路の左側部分を通り容易に右側に転じないような特殊な場合には、被告人が交通法規に従つてそのまま進行すれば対向車と衝突し、死傷の結果を生ずることが予見できるのであるから、自動車運転車としては、まさに警音器を吹鳴して対向車に避譲を促すとともに、すれ違つても安全なように減速して道路左端…
事件番号: 昭和36(あ)2147 / 裁判年月日: 昭和39年1月28日 / 結論: 棄却
自動車の運転手たる者は、踏切を通過するに当つては、たとえ踏切遮断機が設置されている場合でも、その故障又はこれを操作する踏切警手の過失等のため、踏切遮断機の解放中に列車、電車等が踏切を通過することが絶無とは云えないから、踏切遮断機のみを信頼することなく、必らず踏切の前で一時停車をした上、自ら踏切の左右を見透すとか、列車又…
事件番号: 昭和25(れ)900 / 裁判年月日: 昭和25年10月24日 / 結論: 棄却
原審は、その判決によつて、本件衝突の現場が島原市a町の鉄道踏切であつて「同所附近は通路の両側に商店、事務所等が櫛比していて左右の見通しが利かず、同踏切に遮断機の設備はあるが同時刻頃は既に踏切看守の勤務時間外のこととて遮断機は開放されたままになつており、他に自動信号器等の備えつけもなく、汽車の進行接近状況を確認するために…