一 芸術的・思想的価値のある文書であつても、これを猥褻性を有するものとすることはさしつかえない。 二 文書の個々の章句の部分の猥褻性の有無は、文書全体との関連において判断されなければならない。 三 憲法二一条の表現の自由や同法二三条の学問の自由は、絶対無制限なものではなく、公共の福祉の制限の下に立つものである。 四 第一審裁判所が法律判断の対象となる事実を認定し、法律判断だけで無罪を言い渡した場合には、控訴裁判所は、改めて事実の取調をすることなく、刑訴法四〇〇条但書によつて、みずから有罪の判決をすることができる。
一 芸術的思想的価値のある文書と猥褻性 二 文書の部分についての猥褻性と文書全体との関係 三 憲法二一条二三条と公共の福祉 四 法律判断で無罪を言い渡した第一審判決を事実の取調をすることなく破棄し控訴裁判所がみずから有罪の判決をすることと刑訴法四〇〇条但書
刑法175条,憲法21条,憲法23条,刑訴法400条
判旨
芸術的・思想的価値がある文書であっても、その芸術性が性的刺激を緩和して処罰程度以下に解消させない限り、独立して猥褻性を肯定し刑法175条を適用できる。文書の猥褻性は、特定の章句のみを切り離さず、文書全体との関連において社会通念に従い慎重に判断されるべきである。
問題の所在(論点)
芸術的・思想的価値を有する文書について、表現の自由(憲法21条)や学問の自由(同23条)との兼ね合いから、刑法175条の「猥褻の文書」に該当するか否かの判断基準が問題となる。
規範
猥褻性と芸術性・思想性は別次元の概念であり、芸術的価値がある文書でも、(1)徒らに性欲を興奮・刺激させ、(2)普通人の正常な性的羞恥心を害し、(3)善良な性的道義観念に反する場合には、刑法175条の猥褻の文書に当たる。判断に際しては、特定の章句を全体から切り離さず、文書全体との関連において慎重に判断すべきであるが、芸術性・思想性が性的刺激を減少・緩和させて猥褻性を解消させるに至らない限り、処罰を免れない。
重要事実
被告人らは、フランスの作家サドの著作『ジユリエツト物語あるいは悪徳の栄え』を抄訳した『悪徳の栄え(続)』を出版・販売した。同書には、計14箇所の性的場面の露骨な描写が含まれていたが、同時にキリスト教文明や既成道徳に挑戦する思想的・哲学的な内容も含まれていた。第一審は、本書の思想的・文学的価値を認め、一般読者の性欲を刺激するものではないとして無罪としたが、原審(控訴審)は有罪と判示したため、被告人らが上告した。
あてはめ
本件訳書のうち14箇所の描写は、性的場面を大胆卒直に描写し、残忍醜悪な場面と一体をなしており、通常人の性欲をいたずらに興奮・刺激させるに足りる。本書が全体として思想的・文学的価値を有するものであるとしても、その価値によって右性的場面による刺激が、処罰の対象とならない程度まで減少・緩和されているとは認められない。したがって、文書全体との関連において考察しても、なお猥褻性を有するものと評価される。また、表現の自由も絶対無制限ではなく公共の福祉による制限を受けるため、性的秩序維持のために処罰することは合憲である。
結論
本件訳書は刑法175条にいう「猥褻の文書」に該当し、被告人らの上告を棄却する(有罪)。
実務上の射程
チャタレー事件判決を継承しつつ、芸術性が性的刺激を「減少・緩和」させる可能性に触れた点で、後年の『四畳半襖の下張』事件等の「相対的猥褻概念」へと繋がる過渡的な位置づけにある。答案上は、芸術作品であっても独立して猥褻性を認定できるとする「二次元説」の論拠として用いる。
事件番号: 昭和46(あ)1905 / 裁判年月日: 昭和48年4月12日 / 結論: 棄却
一 猥褻文書の販売を処罰することは、憲法二一条に違反しない。 二 文書の猥褻性の有無は、その文書自体について客観的に判断すべきものであり、現実の購読層の状況あるいは業者や出版者としての著述、出版意図など当該文書外に存する事実関係は、文書の猥褻性の判断の基準外に置かれるべきものである。このように解しても、憲法二一条に違反…
事件番号: 昭和48(あ)2593 / 裁判年月日: 昭和49年4月18日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】憲法21条1項が保障する表現の自由は絶対無制限ではなく、性生活の秩序や健全な風俗の維持という公共の福祉による制限を受けるため、刑法175条のわいせつ物頒布罪等の規定は合憲である。 第1 事案の概要:被告人が、3人1組の性戯や性交の場面等を、性器の形状や動き、行為者の言動などについて具体的、詳細かつ…