営業中のデパート内の二階から三階への階段の上がり口付近で火災が発生し、三階店内に延焼して各階に燃え広がり、防火管理体制が不備であったため、店内の多数の者が死傷した火災事故について、(一)デパートを経営する会社の取締役人事部長には、防火管理につき包括的な権限と履行義務を有していた代表取締役が適正な防火管理業務を遂行する能力を欠くなど右業務を遂行することができない特別の事情がないこと、代表取締役から防火管理者に選任されたこともデパートの維持及び管理につき委任を受けたこともなく、人事部の所管業務の中に防火管理業務は含まれていなかったことなどの本件の事実関係(判文参照)の下においては、取締役会の構成員の一員として取締役会の決議を促して消防計画の作成等をすべき注意義務や、代表取締役に対し防火管理上の注意義務を履行するよう意見を具申すべき注意義務があるとはいえず、(二)三階の売場課長には、階段の火災を見てから三階店内に延焼するまでの時間がわずかであり、この間従業員に消火の措置を命じ、自らも延焼防止の行動を取るなど、できる限りの努力をしたが、火炎が急激な勢いで店内に吹き込んできたため以後の応急消火、延焼防止が不可能となったことなどの本件の事実関係(判文参照)の下においては、三階店内に延焼する前に階段の防火シャッターを閉鎖する措置を採らなかった過失があるとはいえず、(三)営繕課の課員には、同人をデパートの防火管理者とする選任届が提出されていたとしても、消防計画作成等の防火管理上必要な業務を適切に遂行することができる管理的又は監督的地位にはなく、右業務を遂行するための具体的な権限を与えられてもおらず、右業務を遂行するためには代表取締役らの職務権限の発動を求めるほかはなかった以上、消防計画を作成してこれに基づく避難誘導等の訓練を実施すべき注意義務があるとはいえず、いずれも業務上過失致死傷罪は成立しない。
デパートの火災事故につきこれを経営する会社の取締役人事部長並びに売場課長及び営繕課員に業務上過失致死傷罪が成立しないとされた事例
刑法211条
判旨
法人等の建物火災において、代表取締役に防火管理を期待できない等の特別の事情がない限り、他の取締役は防火管理上の注意義務違反による過失責任を負わない。また、防火管理者の届出がされていても、実質的な権限がない者や、突発的な火災に対し最善を尽くした現場責任者に過失は認められない。
問題の所在(論点)
1. 代表取締役が防火管理を統括している場合、他の取締役に取締役会を通じた是正等の注意義務があるか。2. 社内地位や権限を欠く名目上の防火管理者に、消防計画作成等の注意義務が認められるか。3. 火災現場で初期対応に当たった従業員に、結果回避可能性を前提とした過失が認められるか。
規範
1. 会社の建物に関する防火管理上の注意義務は、原則として業務執行権限を有する代表取締役が負う。他の取締役は、代表取締役に業務遂行を期待できない等の特段の事情がない限り、代表取締役の不適正な執行から生じた結果について過失責任を負わない。2. 防火管理者の注意義務は、単に選任届が出されているだけでなく、当該防火対象物において防火管理業務を適切に遂行できる管理的・監督的地位や具体的権限を有していることを前提とする。3. 現場責任者は、火災直面時に応急措置を採るべき立場にあるが、当時の状況下で可能な限りの措置を講じていれば、事後的な判断で過失を問われることはない。
重要事実
デパート「大洋デパート」で発生した火災(死者104名)につき、取締役人事部長E、売場課長F、および防火管理者として届け出られていた平社員Gの刑事責任が問われた。同社はオーナー社長Hが絶大な権限を握っており、防火管理も事実上Hの専断事項であった。Gは形ばかりの防火管理者に選任されたが権限はなく、Fは火災発生直後に消火や延焼防止活動を行ったが、1〜2分という極めて短時間で火災が拡大し、被害を阻止できなかった。
あてはめ
1. 被告人E:オーナー社長Hが包括的権限を有し、防火体制の不備はHの判断に帰すべきものであった。Hに能力欠如等の特別の事情はなく、Eに取締役会決議を促すべき等の注意義務は認められない。2. 被告人G:Gは営繕課の一課員に過ぎず、管理的・監督的地位も権限もなかった。社長らに権限委譲や再選任を進言する義務まで負うものではない。3. 被告人F:火災発見から延焼までわずか1〜2分であり、Fは消火器の手配や延焼防止の行動を継続していた。当時の急激な延焼状況に照らせば、最善を尽くしており過失は認められない。
結論
被告人三名はいずれも、業務上過失致死傷罪における注意義務違反(過失)が認められず、無罪とした一審判決が維持される。
実務上の射程
組織体における過失責任の所在を画定した重要判例。特に「信頼の原則」に類する論理で取締役の監視義務を限定し、実質的な「権限と責任の一致」を重視する。司法試験では、注意義務の主体性を肯定するための「地位・権限・具体的予見・回避可能性」の検討材料として活用する。
事件番号: 平成2(あ)946 / 裁判年月日: 平成5年11月25日 / 結論: 棄却
ホテルの客室から出火し、スプリンクラー設備やこれに代わる防火区画が設置されておらず、従業員らにおいても適切な初期消化活動や宿泊客らに対する通報、避難誘導等ができなかったため、多数の宿泊客らが死傷した火災事故において、ホテルを経営する会社の代表取締役社長として、ホテルの経営、管理業務を統括する地位にあり、その実質的権限を…
事件番号: 昭和62(あ)519 / 裁判年月日: 平成2年11月16日 / 結論: 棄却
ホテルで火災が発生し、火煙の流入拡大を防止する防火戸・防火区画が設置されていなかったため火煙が短時間に建物内に充満し、従業員による避難誘導が全くなかったことと相まって、相当数の宿泊客等が死傷した火災事故において、ホテルの経営管理業務を統括掌理する最高の権限を有し、ホテルの建物に対する防火防災の管理業務を遂行すべき立場に…