執行猶予の言渡しがあつた事件において、被告人が、捜査官に対しことさら知人である甲女の氏名を詐称し、かねて熟知していた同女の身上及び前科をも正確詳細に供述するなどして、あたかも甲女であるかのように巧みに装つたため、捜査官が全く不審を抱かず、指紋の同一性の確認をしなかつたことにより、当該判決の確定前に被告人自身の前科を覚知できなかつたという場合には、検察官は刑法二六条三号による執行猶予の取消請求権を失わない。
刑法二六条三号による刑の執行猶予の取消請求権が失われないとされた事例
刑法26条3号
判旨
被告人が他人の氏名を詐称するなどして前科の覚知を免れた場合、検察官が上訴により是正しなかったことについてやむを得ない事由があるといえるため、刑法26条3号に基づく執行猶予取消請求権は失われない。
問題の所在(論点)
刑法26条3号に基づき、判決確定後に前科が発覚したことを理由に執行猶予を取り消す際、検察官が判決確定前に前科を覚知できなかったことについて過失がある場合でも、取消請求が認められるか。検察官の取消請求権行使の限界が問題となる。
規範
刑法26条3号による執行猶予の取消しは、検察官が上訴によって執行猶予判決の確定を阻むことが容易であったにもかかわらずこれをしなかった場合には、原則として許されない。もっとも、検察官が執行猶予判決を確定させたことについて、前科を覚知できなかったこと等に「やむを得ない事由」があるときは、なお取消請求権を失わないと解すべきである。
重要事実
申立人は、捜査官に対し、ことさら知人Aの氏名を詐称した。その際、かねて熟知していたAの身上及び前科をも正確かつ詳細に供述するなどして、同女であるかのように巧みに装った。捜査官は申立人がAであることについて不審を抱かず、両者の指紋の同一性の確認を怠った。その結果、検察官は執行猶予判決の確定前に申立人の真実の前科を覚知することができなかった。
事件番号: 昭和56(し)113 / 裁判年月日: 昭和56年11月25日 / 結論: その他
一 刑の執行猶予言渡取消決定に対する即時抗告棄却決定に対する特別抗告事件において、裁判の執行を停止する場合には、原原決定を対象とすべきである。 二 高裁で言い渡された執行猶予の判決に対する上告申立期間の満了までに五日を残して、被告人の控訴取下により別件につき地裁で言い渡された懲役刑(実刑)の判決の確定したことが地方検察…
あてはめ
本件では、申立人が他人の身上情報を詳細に供述して巧みに氏名を詐称しており、捜査官を欺く意図が明白であったといえる。確かに、捜査官が指紋の照合を行わなかったという点に、前科確認上の不備(過失)が認められなくもない。しかし、申立人の詐称行為という「申立人の側の責に帰すべき事由」が甚だ大きく、これによって捜査官が不審を抱かなかったのも無理からぬ面がある。したがって、検察官が執行猶予判決の確定前に前科を覚知できなかったことについては、上訴で是正しなかったことがやむを得ないといえるほどの合理的事由が認められる。
結論
検察官は執行猶予取消請求権を失わず、刑法26条3号に基づく執行猶予の言渡しの取消しは適法である。
実務上の射程
本判決(補足意見含む)は、執行猶予の法的安定性と適正な刑罰権行使の調和を図るものである。答案上は、検察官に過失がある場合でも、被告人側の信義則に反するような積極的な虚偽言動(氏名詐称等)がある場合には、「やむを得ない事由」を肯定し、取消しを認める方向で論じる際の根拠となる。
事件番号: 昭和40(し)74 / 裁判年月日: 昭和41年1月28日 / 結論: その他
一 執行猶予の判決に対する検察官の控訴を棄却する旨の判決言渡後確定前に、検察官において、被告人が他の罪について禁錮以上の実刑に処せられた事実を覚知したのにかかわらず、右控訴棄却の判決に対して上告の申立をすることなく、これを確定させたときは、刑法第二六条第三号により右執行猶予を取り消すことはできない。 二 弁護人は、本件…
事件番号: 昭和48(し)7 / 裁判年月日: 昭和48年2月28日 / 結論: 棄却
刑の執行猶予の判決に対し被告人のみが控訴し、この控訴申立期間経過後で同判決の確定前に、被告人に対する別件被告事件について禁錮刑(実刑)の裁判が確定した場合は、右刑の執行猶予の判決の確定をまつて刑法二六条三号により刑の執行猶予の言渡を取り消すことができる。
事件番号: 昭和59(し)117 / 裁判年月日: 昭和59年12月18日 / 結論: 棄却
刑の執行猶予の判決確定後に、同判決確定前に犯した他の罪につき禁錮以上の実刑に処する判決が確定したときは、右実刑判決が、未決勾留日数の裁定算入及び法定通算により、現実に刑の執行をなしうる余地がないものであつても、刑法二六条二号に該当する。
事件番号: 昭和56(し)12 / 裁判年月日: 昭和56年2月3日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】刑法26条の3に基づく保護観察の取消規定は、憲法11条、13条、31条、39条後段に違反せず合憲である。 第1 事案の概要:抗告人は、刑法26条の3の規定に基づき保護観察を取り消されたことに対し、同条が憲法11条、13条、31条、39条後段に違反する旨を主張して特別抗告を申し立てた。 第2 問題の…