一 甲が、選挙運動者たる乙に対し、公職選挙法二二一条一項一号所定の目的をもつて金銭等を交付したと認められるときは、たとえ、甲乙間で右金銭等を第三者に供与することの共謀があり乙が右共謀の趣旨に従いこれを第三者に供与した疑いがあつたとしても、検察官は、立証の難易等諸般の事情を考慮して、甲を交付罪のみで起訴することが許される。 二 甲が乙に対する金銭等の交付罪で起訴されたときは、たとえ、甲乙間で金銭等を第三者に供与することの共謀があり乙が右共謀の趣旨に従いこれを第三者に供与した疑いがあつたとしても、裁判所は、訴因の制約のもとにおいて、甲についての交付罪の成否を判断すれば足り、訴因として掲げられていない乙との共謀による供与罪の成否につき審理したり、検察官に対し右供与罪の訴因の追加・変更を促したりする義務を負うものではない。
一 交付された金銭等が交付者との共謀の趣旨に従い受交付者から第三者に供与された疑いがある場合と交付罪による起訴の可否 二 交付された金銭等が交付者との共謀の趣旨に従い受交付者から第三者に供与された疑いがある場合において交付罪で起訴された者に対する審理方法
公職選挙法221条1項1号,公職選挙法221条1項5号,刑訴法247条,刑訴法248条,刑訴法312条,刑訴法378条3号
判旨
公職選挙法上の交付罪のみで起訴された場合、たとえ受領者との間で第三者への供与の共謀があったとしても、裁判所は訴因の制約に基づき交付罪の成否のみを判断すれば足りる。検察官は立証の難易等を考慮して交付罪のみで起訴する裁量を有し、裁判所には供与罪への訴因変更を促す義務はない。
問題の所在(論点)
買収資金を交付した行為につき、交付罪と(その後の実現行為である)供与罪が実体法上吸収関係に立つ疑いがある場合、交付罪のみの訴因に対し、裁判所は供与罪への訴因変更を促し、または供与罪として審理すべき義務を負うか。
規範
1. 検察官は、公職選挙法221条1項1号所定の目的をもって金銭等を交付した事実につき、立証の難易等諸般の事情を考慮して交付罪のみで起訴することが許される。 2. 裁判所は、訴因の制約のもとにおいて、起訴された交付罪の成否を判断すれば足りる。 3. 訴因として掲げられていない共謀供与罪について審理したり、検察官に対して訴因の追加・変更を釈明・勧告したりする義務はない。
重要事実
被告人甲は、選挙運動者である乙に対し、買収目的(公選法221条1項1号)をもって金銭を交付したとして、同項5号の交付罪で起訴された。もっとも、甲と乙との間には、当該金銭をさらに第三者に供与する共謀があり、実際に乙がその趣旨に従い供与した疑いがあった。弁護人は、交付罪が後の供与罪に吸収されるべき関係にある以上、供与罪について審理・判断すべきである(交付罪のみでの成立を認めた原判断は不当である)と主張して上告した。
あてはめ
1. 交付罪と供与罪が実体法上吸収関係に立つとしても、それは両罪が共に訴因として掲げられている場合の処理の問題である。 2. 本件では、検察官は立証の難易を考慮して交付罪のみを選択して起訴しており、公訴提起の裁量の範囲内である。 3. 刑事訴訟における審判対象は訴因によって特定されるところ(訴因の制約)、本件の訴因は交付罪のみである。したがって、起訴されていない供与罪について裁判所が職権で審理を尽くしたり、訴因変更を促したりしないことは正当である。
結論
被告人に対し、訴因として掲げられた交付罪の成立を認めた原判断は正当であり、裁判所に訴因変更を促す義務等はない。
実務上の射程
実体法上の罪数関係(吸収関係)が認められる場合であっても、訴訟法上は訴因の範囲に拘束されるという「訴因の原則」を確認したものである。検察官による一部起訴の裁量を認め、裁判所の釈明義務・訴因変更命令義務の限界を示す際に引用できる。特に、より重い、あるいは包括的な罪が存在する可能性があっても、検察官が選択した訴因の範囲内で審理すれば足りるという文脈で有効である。
事件番号: 昭和28(あ)4213 / 裁判年月日: 昭和29年4月22日 / 結論: 棄却
所論原審認定の事実は、犯罪の日時、場所、金員の交付又は供与を受けたとする相手方及びその金額等の点において本件公訴事実と何等の差異もなく、ただ交付又は供与されたとする金員の趣旨について差異あるに止まり、両者間に基礎たる事実の同一性ありと認め得るばかりでなく、その罰条の点においても共に公職選挙法二二一条一項に該当し、単に五…