殺人の実行行為者が被告人であるのか、現場に同道していた甲であるのか等が争われた事案につき、第一審において約八年を費して詳細な事実審理を行つており、原審においても約二年を費して検察官申請の証人のすべてを取り調べる等していて、これを第一審に差し戻しても、実質的に意味のある新証拠の提出される蓋然性が必ずしも大きくないときは、できる限り事件を第一審に差し戻さないで処理するのが相当であるが、公判審理が長期に及んだ主たる原因が、捜査段階における被告人側の節国的な罪証隠滅行為等にあると認められること、これを第一審に差し戻してもそのために今後審理が格段に長期化するとか被告人が防禦上著しい不利益を受けるおそれがあるとまでは認め難いことなどの事情(判文参照)のある本件においては、事実誤認を理由に第一審判決を破棄し事件を第一審に差し戻した原判決が、憲法三七条一項の迅速裁判の保障条項に反するとはいえない。
破棄差戻しの原判決が憲法三七条一項の迅速裁判の保障条項に反しないとされた事例
刑訴法382条,刑訴法400条,憲法37条1項
判旨
審理の遅延が憲法37条1項に違反するかは、期間のみならず遅延の原因や理由、侵害された利益等を総合判断すべきであり、事案の真相解明に困難な事情がある中での差戻しは、合理性がある限り同項に反しない。
問題の所在(論点)
審理の遅延が問題となっている刑事事件において、控訴審が自判せずに事件を第一審へ差し戻す措置(刑事訴訟法400条本文)が、被告人の迅速な裁判を受ける権利(憲法37条1項)を侵害し、違憲となるか。
規範
審理の遅延が憲法37条1項に違反するか否かは、単に遅延した期間の長さのみによって判断されるべきではなく、①遅延の原因と理由(遅延がやむを得ないものか)、②遅延により同条項が守ろうとしている諸利益がどの程度実際に害されているか、などの諸般の情況を総合的に判断して決定されるべきである(高田事件大法廷判決参照)。
重要事実
殺人ないし傷害致死の事案において、第一審で約8年、控訴審で約2年の審理が行われた。被告人と共犯者Aの供述が大幅に変遷し、罪証隠滅行為も行われたため、真相解明が困難であった。控訴審は詳細な事実調べを行った結果、第一審の事実認定に疑問を抱き、Aの新たな供述を踏まえた真相解明と併合審理による事実認定の統一、および再鑑定の必要性を理由に、事件を第一審に差し戻した。
あてはめ
①遅延の原因について、本件は被告人側の罪証隠滅や供述の変遷により事案の解明が極めて困難であり、裁判所の審理等に特段の問題は認められないため、遅延はある程度やむを得なかったといえる。②被告人の利益について、詳細な実体審理は既に遂げられており、差戻しによって格段に審理が長期化したり防御上著しい不利益が生じたりするおそれまでは認められない。③差戻しの合理性について、共犯者Aの供述変更に伴う併合審理の必要性等に照らせば、真相解明と認定の統一を図るための措置として合理性が認められる。
結論
本件の差戻し措置は、諸般の情況を総合しても憲法37条1項の迅速裁判の保障に反する異常な事態を生じさせているとは認められない。上告棄却。
実務上の射程
刑事訴訟において迅速裁判の侵害を主張する際の基本的枠組みとなる。期間だけでなく「遅延の理由(被告人側の事情か)」や「手続き上の合理性」が重視されるため、弁護側としては裁判所や検察官の不当な不作為を具体的に指摘する必要がある。また、差戻しによる将来的な遅延も検討対象となり得る点に特色がある。
事件番号: 昭和26(れ)885 / 裁判年月日: 昭和26年11月30日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】憲法37条1項が保障する裁判の迅速を欠く事態が生じた場合であっても、その事実のみをもって直ちに判決に影響を及ぼすべき違法があるとはいえず、判決の破棄理由にはならない。 第1 事案の概要:被告人が起訴された事件について、原裁判所が昭和23年12月25日から昭和26年1月9日までの約2年余にわたり、一…