一 被疑者につき帰宅できない特段の事情もないのに、同人を四夜にわたり所轄警察署近辺のホテル等に宿泊させるなどした上、連日、同警察署に出頭させ、午前中から夜間に至るまで長時間取調べをすることは、任意捜査の方法として必ずしも妥当とはいい難いが、同人が右のような宿泊を伴う取調べに任意に応じており、事案の性質上速やかに同人から詳細な事情及び弁解を聴取する必要性があるなど本件の具体的状況のもとにおいては(判文参照)、任意捜査の限界を越えた違法なものとまでいうことはできない。 二 いわゆる伝聞証言であつても、異議の申立がないまま当該証人に対する尋問が終了した場合には、直ちに異議の申立ができないなどの特段の事情がない限り、黙示の同意があつたものとして、証拠能力を有する。
一 被疑者を所轄警察署近辺のホテル等に宿泊させて取調べを続行したことが任意捜査の方法として違法とまではいえないとされた事例 二 伝聞証言につき異議の申立がなかつた場合の証拠能力
刑訴法197条1項,刑訴法198条1項,刑訴法309条,刑訴法320条1項,刑訴法324条,刑訴法326条1項,刑訴規則205条,刑訴規則205条の2
判旨
任意捜査としての取調べは、強制手段によることができないだけでなく、事案の性質や容疑の程度等に照らし、社会通念上相当と認められる方法および限度において許容される。宿泊を伴う長時間の連日取調べであっても、被告人が意思に基づき容認し、具体的状況に鑑みやむを得ない場合は、任意捜査の限界を超えず適法である。
問題の所在(論点)
宿泊を伴う5日間の連日にわたる長時間取調べが、刑訴法198条1項の任意捜査の限界を超え違法となるか。また、その過程で得られた自白の証拠能力が認められるか。
規範
任意捜査における取調べは、強制手段(個人の意思を抑圧し、身体・住居・財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為など、特別の根拠規定がなければ許容することが相当でない手段)を用いることは許されない。さらに、強制手段に至らない場合であっても、事案の性質、被疑者に対する容疑の程度、被疑者の態度等諸般の事情を勘案して、社会通念上相当と認められる方法ないし態様および限度においてのみ、許容されるものと解すべきである。
重要事実
殺人事件の有力容疑者であった被告人に対し、警察は5日間にわたる任意取調べを行った。この間、被告人を4夜連続で捜査官手配の宿泊施設に宿泊させた。第1夜は捜査官が同宿して監視し、第2夜以降も周囲で監視を続け、警察車両で送迎を行った。宿泊費は当初3日間は警察が負担した。被告人は自白内容の答申書を提出しており、宿泊を拒否したり退去を申し出たりした形跡はなかった。その後、自白に基づき一度帰宅させた後に逮捕した。
あてはめ
本件取調べは、宿泊費の警察負担や監視状況、長時間の連日取調べという点において、任意取調べの方法として必ずしも妥当とは言い難い面がある。しかし、被告人が宿泊を希望する旨の答申書を差し入れており、取調べや宿泊を拒否したり退去を申し出たりした事実も認められない。これらを総合すると、被告人は自らの意思により取調べを容認していたと認められる。さらに、事案の重大性から速やかに詳細な事情を聴取する必要性があったことも考慮すれば、本件は社会通念上やむを得なかったものといえる。
結論
本件取調べは任意捜査として許容される限界を超えた違法なものとは断じ難い。したがって、その過程で作成された自白調書等の任意性を肯定し、証拠能力を認めた原判断は正当である。
実務上の射程
任意捜査の限界(相当性)に関するリーディングケースである。答案では、まず強制手段に該当するか(意思抑制・権利制約)を検討し、否定される場合に「相当性」の枠組みで、必要性と緊急性、具体的態様を相関的に衡量する手法をとる。宿泊や監視が伴う場合は本判例を引用し、被疑者の拒絶の有無や心理的自由の確保状況を論じる際に用いる。
事件番号: 昭和26(れ)753 / 裁判年月日: 昭和26年6月29日 / 結論: 棄却
一 被告人が本件犯行の当時極度の神経衰弱に陥つていたという弁護人の主張が、被告人の司法警察官に対してした自白が信用できないという事情若しくは犯情の一としてなされたことが明らかであるときは、旧刑訴法第三六〇条第二項の主張があつたものということはできない。 二 原判示実況見分書が、数回に亘る見分について、一度に作成せられた…
事件番号: 昭和60(あ)826 / 裁判年月日: 平成元年7月4日 / 結論: 棄却
午後一一時過ぎに任意同行の上翌日午後九時二五分ころまで続けられた被疑者に対する取調べは、特段の事情のない限り、容易に是認できないが、取調べが本人の積極的な承諾を得て参考人からの事情聴取として開始されていること、一応の自白があつた後も取調べが続けられたのは重大事犯の枢要部分に関する供述に虚偽が含まれていると判断されたため…
事件番号: 昭和26(あ)3492 / 裁判年月日: 昭和28年3月31日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】深夜の取調べによってなされた供述であるという一事をもって、直ちにその任意性を否定することはできない。検挙当時の状況や取調べの態様に照らし、被告人の意思を圧迫して強制された形跡がない限り、当該供述の証拠能力は認められる。 第1 事案の概要:被告人らは、深夜に司法警察員による取調べを受け、その際になさ…