株式会社の取締役経理部長が会社の株式の買占めに対抗するための工作費用として会社の資金を第三者に交付した場合において,会社の不利益を回避する意図を有していたとしても,交付金額が高額であるなど交付行為が会社にとって重大な経済的負担を伴い,違法行為を目的とするものとされるおそれもあったのに,交付の相手方や工作の具体的内容等につき調査をしたり,その結果の報告を求めたりした形跡がうかがわれず,また自己の弱みを隠す意図等をも有していたなどの事情(判文参照)の下においては,交付の意図は専ら会社のためにするところにはなく,業務上横領罪における不法領得の意思があったと認められる。
業務上横領罪における不法領得の意思が肯定された事例
刑法(平成7年法律第91号による改正前のもの)253条
判旨
業務上横領罪における不法領得の意思に関し、会社資金の支出行為が法令に違反するという一事のみで直ちに同意思を肯定することはできないが、支出目的の違法性や不透明な経緯、会社への重大な負担等の諸事情を総合して「専ら会社のため」とは認められない場合には、同意思が肯定される。
問題の所在(論点)
会社の経営権防衛のために多額の資金を支出した行為について、不法領得の意思が認められるか。特に、支出行為が法令に違反する場合に直ちに同意思が認められるか。
規範
不法領得の意思(委託の趣旨に反して、権限がないのに所有者でなければできないような処分をする意思)の存否につき、行為者が「専ら本人の利益のためにする意図」であった場合には、同意思は否定される。なお、当該行為が法令に違反するものであることは不法領得の意思を推認させる一事情にはなり得るが、法令違反の一事から直ちに同意思を認めることはできない。
重要事実
株式会社Aの取締役経理部長であった被告人は、第三者Cによる経営権奪取(株買占め)を阻止するため、工作員Fらに対し、Cへの金融支援の妨害や名誉毀損等の工作を依頼し、その資金・報酬として、計9回にわたりAの資金合計11億7500万円を交付した。当時のAの利益規模に比して本件支出は多額であり、かつ自己株式取得禁止等の商法違反や刑事罰に触れ得る工作を目的としていた。被告人は社長らに具体的報告をせず、また自身の過去の不祥事を隠蔽する個人的な動機も併存していた。
あてはめ
まず、本件工作資金の支出は、成功すれば更なる巨額の負担をAに強いるものであり、経常利益に照らしても重大な経済的負担を伴う。また、支出先に対する慎重な調査や具体的な工作内容の確認、事後の使途報告も欠いており、通常の会社業務として不自然である。さらに、被告人には自身の弱みを隠す個人的意図も加わっていた。原審が判示した「法令違反(自己株取得禁止違反等)ゆえに直ちに会社のためとはいえない」との論理は主観と客観を混同しており是認できないが、上記のような支出の不透明性、会社への過大な負担、個人的動機等の諸事情を総合すれば、被告人の意図は専らAのためにするものとは認められず、不法領得の意思が認められる。
結論
被告人に不法領得の意思を認め、業務上横領罪の成立を肯定した原判決の結論は正当である。
実務上の射程
会社資金の流用事案において、被告人が「会社防衛のためだった」と弁解する場合の判断枠組みとして重要。法令違反(コンプライアンス違反)のみを理由に直ちに横領とするのではなく、使途の合理性、手続の透明性、個人的な動機の有無などを総合考慮して「専ら会社のため」といえるかを検討する際の指針となる。
事件番号: 平成14(あ)1431 / 裁判年月日: 平成17年10月7日 / 結論: 棄却
商社の代表取締役社長がその任務に違背して巨額の融資を行った場合において,融資実行の動機は同社の利益よりも自己らの利益を図ることにあり,同社に損害を加えることの認識,認容もあったなど判示の事実関係の下では,特別背任罪における図利目的はもとより加害目的をも認めることができる。