自己所有の土地を夫に依頼して売却した主婦が、自己の所得税の確定申告の手続一切を代行するよう夫に委託したところ、夫が情を知らない税理士に右売却に係る譲渡収入の一部を除外した虚偽の内容の確定申告書を作成、提出させて所得税の一部を免れたなど判示の事実関係の下においては、夫は所得税法二四四条一項にいう「代理人」に当たり、納税義務者である主婦は、事業主でなくても、「代理人」に対し選任、監督等において違反行為を防止するために必要な注意を尽くさなかった過失がないことの証明がされない限り、同法二四四条一項、二三八条に基づく所得税ほ脱犯の刑責を免れない。
納税義務者から確定申告を委託されて所得税ほ脱の違反行為をした者が所得税法二四四条一項にいう「代理人」に当たるとして事業主でない納税義務者に所得税ほ脱犯の成立を認めた事例
所得税法238条1項,所得税法244条1項
判旨
所得税法244条1項の「代理人」には、事業主に限らず、確定申告手続一切を代行するよう委託された者も含まれる。本人が代理人の選任・監督において違反行為を防止するために必要な注意を尽くしたことを証明しない限り、代理人の不正行為について本人が刑責を負う。
問題の所在(論点)
所得税法244条1項(両罰規定)にいう「代理人」の意義、および事業主ではない個人が同条により刑事責任を問われるための要件が問題となる。
規範
所得税法244条1項にいう「代理人」とは、納税義務者のために確定申告手続等の代行を委託された者を広く含み、本人が事業主であるか否かを問わない。同条に基づく本人の刑事責任は、代理人による「不正の行為」(同法238条)が認められる場合、本人が代理人の選任・監督等において違反行為を防止するために必要な注意を尽くさなかった過失がないことの証明がなされない限り、成立する(過失の推定)。
重要事実
主婦である被告人は、実父から相続した土地を夫Aに依頼して売却した。被告人は自己の所得税の確定申告について、申告内容の決定や税理士への委任を含む手続一切を代行するようAに委託した。しかし、Aは譲渡収入の一部を秘匿して所得税を脱税する意図で、事情を知らない税理士を介して虚偽の確定申告書を提出させ、所得税を免れた。
あてはめ
まず、Aは被告人から確定申告手続一切の代行を委託されていることから、同法244条1項の「代理人」に当たる。次に、Aは情を知らない税理士を利用して虚偽申告を行っており、同法238条の「不正の行為」がある。被告人は事業主ではないが、同条の適用に事業主であることは要しない。したがって、被告人がAの選任・監督等において違反行為を防止するための必要な注意を尽くしたとの反証がなされない限り、Aの違反行為について刑責を免れない。
結論
被告人は、所得税法244条1項および238条に基づき、代理人Aによる所得税ほ脱の違反行為について刑事責任を負う。
実務上の射程
所得税法の両罰規定における「代理人」を広く解釈し、私的な委任関係(夫婦間等)であっても適用を認めた。また、本条が「過失の推定」の構成を採ることを前提に、本人が無過失を立証しない限り処罰されることを明示した点に実務上の意義がある。
事件番号: 平成2(あ)1095 / 裁判年月日: 平成6年9月13日 / 結論: 棄却
売上げを正確に記載した帳簿を作成しており、これをことさら税務当局から隠匿したり、別に虚偽の帳簿を作成したりするなどの工作を積極的に行っていない場合であっても、売上金の一部を仮名又は借名の預金口座に入金保管することは、ほ脱の意思に出たものと認められる以上、不申告ほ脱犯の所得秘匿工作に当たる。