死刑判決の言渡しを受けた被告人が、その判決に不服があるのに、死刑判決の衝撃及び公判審理の重圧に伴う精神的苦痛によって精神障害を生じ、その影響下において、苦痛から逃れることを目的として控訴を取り下げたなどの判示の事実関係の下においては、被告人の控訴取下げは、自己の権利を守る能力を著しく制限されていたものであって、無効である。
死刑判決の言渡しを受けた被告人の控訴取下げが無効とされた事例
刑訴法359条,刑訴法411条1号
判旨
死刑宣告を受けた被告人が、判決の衝撃や公判の重圧による精神的苦痛から拘禁反応等の精神障害を生じ、その影響下で苦痛から逃れる目的で控訴を取り下げた場合、自己の権利を守る能力を著しく制限されていたものとして、当該取下げは無効となる。
問題の所在(論点)
死刑判決を受けた被告人が、精神障害の影響下で現状の苦痛から逃れるために行った控訴取下げについて、刑訴法359条の取下げとして有効といえるか。特に「自己の権利を守る能力」の有無が問題となる。
規範
上訴の取下げ(刑訴法359条)が有効であるためには、被告人に上訴取下げの意義を理解し、かつ「自己の権利を守る能力」を有することが必要である。死刑判決という重大な法律効果を伴う事案において、判決の衝撃や公判の重圧に伴う精神的苦痛により精神障害(拘禁反応等)が生じ、その影響下で苦痛からの逃避を目的としてなされた取下げは、自己の権利を守る能力を欠くため無効と解すべきである。
重要事実
殺人罪等で一審死刑判決を受けた申立人は、即日控訴したが、拘禁生活中に「世界で一番強い人に魔法をかけられた」等の妄想を抱く拘禁反応を呈した。申立人は本来無罪を望んでいたが、精神的苦痛から「早く死刑になって楽になりたい」と考え、弁護人の説得に応じず控訴を取り下げた。鑑定意見は、意義の理解能力はあるとするものと、死の願望自体が病的で訴訟能力を欠くとするものに分かれていた。
事件番号: 平成15(し)360 / 裁判年月日: 平成16年6月14日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】憲法37条3項は、被告人に対し、公訴提起の当初から判決確定に至るまでの間、間断なく弁護人が付されることまで保障したものではない。したがって、控訴取下げ時に弁護人が付されていなくとも、同条項に違反するものではない。 第1 事案の概要:被告人が控訴を取り下げた際、弁護人が付されていなかった。これに対し…
あてはめ
申立人は一審判決に不服があり無罪を希望していた。しかし、死刑宣告の衝撃や公判の重圧から「世界で一番強い人」に苦しめられるという妄想(拘禁反応)が生じている。取下げは、この妄想による八方ふさがりの状態で精神的苦痛から逃れるために行われたものであり、単なる合理的な選択ではない。したがって、取下げの意義を知識として理解していたとしても、精神障害の影響によって「自己の権利を守る能力」が著しく制限されていたといえる。
結論
本件控訴取下げは無効である。よって、取下げを有効として訴訟終了を宣言した原決定は取り消され、本件は差し戻されるべきである。
実務上の射程
死刑事件という極限状況における訴訟能力を厳格に解した判例である。答案上は、被告人の意思表示の有効性が争点となる場面で、単なる『意義の理解』だけでなく『自己の権利を守る能力(事理弁別能力に近い実質的な判断能力)』が必要である旨の規範として活用できる。
事件番号: 昭和61(し)44 / 裁判年月日: 昭和61年6月27日 / 結論: 棄却
高等裁判所がした控訴取下による訴訟終了宣言の決定に対しては、これに不服のある者は、三日以内にその高等裁判所に異議の申立をすることができる。
事件番号: 平成9(し)40 / 裁判年月日: 平成9年5月30日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】被告人の権利を保護すべき弁護人の活動に欠ける点がない限り、憲法37条3項が保障する弁護人の援助を受ける権利の侵害には当たらない。 第1 事案の概要:申立人(被告人)側が、原審における弁護人の弁護活動に不備があったとして、憲法37条3項違反を理由に特別抗告を申し立てた事案である。具体的な弁護活動の内…
事件番号: 昭和29(し)41 / 裁判年月日: 昭和29年7月30日 / 結論: 棄却
第一審において汽車顛覆未遂被告事件において精神分裂症と鑑定され、心神耗弱と認定されたからといつて、その控訴取下の訴訟能力のない者の無効な行為であるということはできない。
事件番号: 平成25(し)726 / 裁判年月日: 平成26年1月27日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】再審請求事件の手続終了決定に対する特別抗告において、単なる法令違反を主張するものは、刑事訴訟法応急措置法18条所定の適法な抗告理由には当たらない。 第1 事案の概要:再審請求事件の手続終了決定に対し、抗告人が特別抗告を申し立てた事案である。抗告人は、原決定に法令違反がある旨を主張して抗告の理由とし…