甲銀行から当座貸越契約に基づき融資を受けていた乙会社が、手形を振り出しても自ら決済する能力を欠く状態になっていたのに、乙会社の代表者である被告人が、甲銀行の支店長と共謀の上、乙会社振出しの約束手形に甲銀行をして手形保証をさせた場合において、右保証と引換えに、額面金額と同額の資金が乙会社名義の甲銀行預金口座に入金され、甲銀行に対する当座貸越債務の弁済に充てられるとしても、右入金が、被告人と右支店長との間の事前の合意に基づき、一時的に右貸越残高を減少させ、乙会社に債務の弁済能力があることを示す外観を作り出して、甲銀行をして更に乙会社への融資を行わせることなどを目的として行われたものであるなど判示の事実関係の下においては、甲銀行が手形保証債務を負担したことは、刑法(平成七年法律第九一号による改正前のもの)二四七条にいう「財産上ノ損害」に当たる。
手形保証債務を負担させたことが刑法(平成七年法律第九一号による改正前のもの)二四七条にいう「財産上ノ損害」に当たるとされた事例
刑法(平成7年法律91号による改正前のもの)247条
判旨
銀行支店長が、決済能力のない会社が振り出した約束手形に銀行をして手形保証をさせた場合、保証と引換えに形式的な入金がなされても、経済的利益が銀行に確定的に帰属したといえない限り、背任罪の「財産上の損害」が認められる。
問題の所在(論点)
手形保証債務の負担と引換えに、債務と同額の入金がなされ、既存の貸越債務の弁済に充てられた場合であっても、背任罪における「財産上の損害」が認められるか。
規範
背任罪(刑法247条)における「財産上の損害」とは、本人の全財産の状態を基準として、実行行為後の全財産の価値が実行行為前のそれよりも減少していることをいう。債務の負担も原則として損害にあたるが、その負担と引換えに相応の利益を得た場合には損害が否定されることがある。しかし、当該利益が一時的なものであり、経済的利益が本人に確定的に帰属したといえない場合には、依然として財産上の損害の発生が認められる。
重要事実
被告人が代表を務めるA社は、B銀行との取引において、限度額及び担保評価額を大幅に超える貸越が生じ、約束手形を自ら決済する能力を欠く状態にあった。被告人は、B銀行の支店長と共謀し、9回にわたりA社振出しの約束手形にB銀行の手形保証をさせた。この際、一部の手形については、保証と引換えに額面と同額の資金がA社名義のB銀行当座預金口座に入金され、形式上は貸越債務の弁済に充てられた。しかし、この入金は、弁済能力があるような外観を作出し、B銀行に取引を継続させ、さらなる融資を引き出すための隠蔽工作の一環であった。
あてはめ
B銀行が行った手形保証は、本来決済不能な手形に対する債務負担であり、それ自体が銀行の財産的リスクを高める行為である。これに対し、A社名義の口座になされた入金は、支店長との事前の合意に基づき、一時的に貸越残高を減少させて粉飾を行うことを目的としたものにすぎない。現に、この入金によって作られた信用を背景に、B銀行は引き続き多額の融資を行わされている。したがって、当該入金によって手形保証に見合う経済的利益がB銀行に確定的に帰属したとはいえず、銀行の全財産的な視点から見れば、実質的な補填があったとは評価できない。ゆえに、入金のない手形保証と同様に、銀行に損害が発生したと解される。
結論
本件における手形保証債務の負担は、形式的な入金があったとしてもなお、背任罪の「財産上の損害」に当たる。
実務上の射程
背任罪の損害概念が「実質的な経済的視点」から判断されることを示す重要判例。帳簿上の形式的な弁済や一時的な入金があったとしても、それが隠蔽工作や更なる被害拡大のための手段にすぎない場合には、損害の発生を肯定できる。答案では、単なる債務負担の有無だけでなく、対価的利益の確定的帰属の有無を論じる際に用いる。
事件番号: 昭和27(あ)6421 / 裁判年月日: 昭和28年3月5日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】手形を振り出した会社が、その手形の所持人に対して支払義務を負う場合、当該手形に関する行為は詐欺罪等の財産犯における「財産上の利益」の移転や損害の発生を基礎付け得る。 第1 事案の概要:被告人が会社の名義で手形を振り出した事案において、弁護人は「手形の振出会社は所持人に対して支払義務を負わない」と主…