自動車の転落事故を装い被害者を自殺させて保険金を取得する目的で,極度に畏怖して服従していた被害者に対し,暴行,脅迫を交えつつ,岸壁上から車ごと海中に転落して自殺することを執ように要求し,被害者をして,命令に応じて車ごと海中に飛び込む以外の行為を選択することができない精神状態に陥らせていたなど判示の事実関係の下においては,被害者に命令して岸壁上から車ごと海中に転落させた行為は,被害者において,命令に応じて自殺する気持ちがなく,水没前に車内から脱出して死亡を免れた場合でも,殺人未遂罪に当たる。
自殺させて保険金を取得する目的で被害者に命令して岸壁上から自動車ごと海中に転落させた行為が殺人未遂罪に当たるとされた事例
刑法38条,刑法199条,刑法202条,刑法203条
判旨
被害者を極度の畏怖状態に陥らせて自殺以外の選択肢を奪った上で、車ごと海に転落するよう命じた行為は、殺人罪の実行行為に当たる。また、被害者に自殺する意思がなく生存を試みていたとしても、死の危険が高い行為を強いた認識がある以上、殺人罪の故意は阻害されない。
問題の所在(論点)
被害者が自ら運転して海に転落した場合において、指示した被告人に殺人罪の実行行為が認められるか。また、被害者に自殺の意思がなかった場合に、殺人罪の故意が認められるか。
規範
他人を道具のように利用して特定の行為を行わせる場合、被害者が自由な意思決定ができない精神状態に陥っているときは、当該行為を命じた者に殺人罪の実行行為が認められる。また、被害者の主観的な意図(自殺か脱出か)にかかわらず、客観的に死の危険性が高い行為を強いる認識があれば、殺人罪の故意が認められる。
重要事実
被告人は、偽装結婚させた被害者に多額の生命保険を掛け、保険金取得目的で自殺を強要した。被告人を極度に畏怖していた被害者に対し、前日に暴行・脅迫を加えつつ海への転落を執拗に迫り、猶予を哀願する被害者に翌日の実行を確約させた。当日、被害者は被告人の命令に従わない限り助かる方法はないとの心境に至り、車ごと海へ転落した。被害者は脱出を試みて生存したが、現場の状況(水温・水深・衝撃)からすれば、脱出の意図があっても死亡する危険性は極めて高かった。
事件番号: 平成17(あ)403 / 裁判年月日: 平成20年7月17日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】複数の保険金殺人等の事案において、計画的かつ巧妙な犯行態様、2名の殺害という結果、多額の搾取金額、および被告人の反省の欠如等の諸事情を考慮し、共犯者との刑の均衡を考慮しても死刑の選択はやむを得ない。 第1 事案の概要:被告人は愛人と共謀し、多額の生命保険が掛けられた3名の男性に対し、保険金目的の殺…
あてはめ
第1に、被告人は暴行・脅迫等により被害者を服従させ、現場を離れて監視するなどして、被害者に命令に応じる以外の選択肢がない精神状態に陥らせていた。かかる状態の被害者に転落を命じて、自らを死亡させる現実的危険性の高い行為に及ばせたことは、被告人の直接的な殺害行為と同視でき、殺人罪の実行行為に当たる。第2に、被告人は死の危険が極めて高い行為を強いたことを認識しており、被害者が内心では脱出を考えていたとしても、それは被告人の予期に反する事情にすぎず、故意を否定するものではない。
結論
被告人の行為は殺人未遂罪(刑法199条、203条)を構成し、原判決の結論は正当である。
実務上の射程
間接正犯の理論を自殺関与の事案に応用した判例であり、被害者の意思を抑圧して「道具」化したかどうかが判断の分水嶺となる。答案上は、被害者の精神状態(畏怖・強制)と行為の危険性を相関的に論じるべきである。
事件番号: 令和2(あ)124 / 裁判年月日: 令和5年6月5日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】死刑制度および刑法199条に死刑を定めたことは憲法9条、13条、31条、36条、98条2項に違反しない。保険金目的の計画的な殺人事件において、首謀者として主導的役割を果たし、2名の生命を奪った結果が重大である場合、死刑の選択はやむを得ない。 第1 事案の概要:被告人は、知人らと共謀し、保険金を得る…
事件番号: 昭和27(あ)6836 / 裁判年月日: 昭和31年3月9日 / 結論: 破棄差戻
第一審判決の確定した事実は「…(判決参照)…」というのである。しかし、本件記録に徴すれば、Aが、被告人のBに対する前記第五六一九一号公正証書による貸金債権六五〇〇〇円の譲渡契約を被告人との間に締結したのは、Aにおいて、右貸金債権が未だ消滅せず尚存在するものと信じたが故か、或は被告人において右公正証書の執行正本を入手し得…
事件番号: 平成23(あ)881 / 裁判年月日: 平成25年11月11日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】死刑の選択が検討される事案であっても、殺害された被害者が1名であることや、併合罪の関係にある傷害致死事件の態様が不明であること等の諸事情を考慮し、無期懲役を選択した第1審判決を維持した原判決は相当であり、著しく正義に反するとはいえない。 第1 事案の概要:被告人は、夫を不詳の方法で死亡させた(傷害…
事件番号: 平成19(あ)352 / 裁判年月日: 平成23年4月19日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】2名の殺害を含む一連の犯行について、動機に酌量の余地がなく殺害態様も冷酷非道である場合、被告人の病状や一定の反省等の事情を考慮しても、死刑を選択した一審判決の維持は相当である。 第1 事案の概要:被告人は、保険金詐欺の発覚を恐れ、加害者役のAに睡眠導入剤を飲ませて抵抗力を奪い、頸部圧迫により窒息死…