根抵当権放棄の対価として支払われた金員が根抵当権者において相当と認めた金額であっても,根抵当権者が,当該金員支払は根抵当権設定者が根抵当権の目的である不動産を第三者に正規に売却することに伴うものと誤信しなければ,根抵当権の放棄に応ずることはなかったにもかかわらず,根抵当権設定者が,真実は自己の支配する会社への売却であることなどを秘し,根抵当権者を欺いて前記のように誤信させ,根抵当権を放棄させてその抹消登記を了した場合には,刑法246条2項の詐欺罪が成立する。
根抵当権者に相当の対価を支払い根抵当権を放棄させた行為と詐欺罪の成立
刑法246条2項
判旨
担保不動産の売却による一部弁済を受けて抵当権を放棄する際、売却先が実質的な自己支配会社である等の事情を秘して第三者への正当な売却であると欺く行為は、たとえ支払われた金額が時価相当額であったとしても、詐欺罪(刑法246条2項)を構成する。
問題の所在(論点)
抵当権者が時価相当額の弁済を受けて抵当権を放棄した場合において、買主の正体や売却の目的について欺罔があったとき、刑法246条2項の詐欺罪が成立するか。特に対価の支払がある場合の「財産上の損害(不法な利益の取得)」の成否が問題となる。
規範
処分相手方が、ある事実が真実であれば処分行為(抵当権の放棄等)に応じないという関係にあり、かつ、行為者がその事実を偽ることが相手方を錯誤に陥らせる手段として重要な事項であると認識している場合、たとえ財産的対価(時価相当額の弁済等)が支払われていても、当該行為は詐欺罪の欺罔行為に該当し、財産上不法の利益を得たものと認められる。
重要事実
被告人が代表を務めるA社は、C社に対して多額の債務を負い、本件不動産にC社の根抵当権等が設定されていた。C社は、適正な時価での売却と代金全額の返済を条件に、債務者に利益を残さない方針で担保解除に応じる立場にあった。被告人は、自己が実質支配するダミー会社に本件不動産を転売し、銀行融資を通じて手元に多額の資金を残す計画を立てたが、真実を告げればC社が承諾しないと考え、名目上の買主への売却であると偽ってC社を欺いた。C社はこれを誤信し、時価相当額の弁済と引換えに根抵当権等を放棄し、抹消登記を了した。
あてはめ
C社は担保不動産の利益を債務者に残さない厳格な方針を有しており、被告人が実質支配する会社への売却であれば放棄に応じなかったといえる。被告人はこの方針を認識した上で、あえて真実の買主を秘匿し、第三者への正規の売却を装ってC社の担当者を誤信させている。たとえ支払われた金員が時価評価に基づく相当額であったとしても、欺罔がなければC社は放棄という処分行為を行わなかった以上、被告人は欺罔によって「根抵当権等の放棄」という財産上の利益を不当に得たものと評価される。
結論
被告人に刑法246条2項の詐欺罪が成立する。上告棄却。
実務上の射程
本判決は、詐欺罪における「欺罔」の対象が財産的価値の有無(時価か否か)に限定されず、被害者がその事実を知っていれば処分行為を行わなかったであろう「重要な事項」に及ぶことを示した。実務上は、形式的な対価の妥当性よりも、処分行為に至る意思決定の過程における瑕疵を重視する論法として活用できる。
事件番号: 昭和33(あ)122 / 裁判年月日: 昭和36年7月4日 / 結論: 棄却
原判決は、本件詐欺被害者等は何れも、本件売買の目的物(註。骨董品)は判示元公爵家所蔵品である旨の被告人の虚言を信用したためこれを買受けたものであつて、そうでなければ本件売買は行われなかつたものであると認定しており、右認定に誤りはないこと記録に徴して明らかである。されば右の如く、真実を告知するときは相手方が金員を交付しな…